ある日突然わたしに許嫁がいることを告げられて…(前編)

「そろそろ結婚ねぇ」と呟いた母に、美優は首を傾げた。

早くに父を亡くした母はまだ40代。

ずっと働いているためか髪や服にも気を使い、娘の目から見てもくたびれた印象はない。

その上仕事先の男性と飲みに行くことも多いのだから良い人との出逢いも少なくはないだろう。

「なぁにお母さん、再婚するの?」

「違うわよ、あなたの話」

「え、私?」

やだぁ、まだまだ先の話でしょ、と笑い飛ばす彼女は昨日高校を卒業したばかりの18歳。

晩婚化や女性の社会進出が騒がれる今、学校を出たからといってすぐに結婚なんて考えられないのは普通の感性だろう。

母1人子1人の生活は経済的に厳しく、大学進学こそ叶わなかったものの今だって就職先を探している美優にとっては恋愛よりも仕事のほうが優先させるべき問題だった。

「実はね、あなた許嫁がいるのよ。生まれる前に約束があったの」

「そんなの聞いてない!」

「言ってないもの。18になるまで教えるなって言われてたのよ」

「誰に!」

「お父さん」

大正や昭和初期ならいざ知らず、この平成の時代になんて時代錯誤な、というのが最初の感想だった。

婚姻の自由が保障されている現代に、親に言われるままに嫁に行くなんてとてもじゃないが考えられない。

美優も当然否定したい気持ちはあったが母に対する恩や情で強く拒否することが出来なかった。

「明日から、その人の家に行きなさい。今夜中に荷物をまとめるように」

「嘘でしょ…急すぎるよ、それにそんなことしたらお母さんはどうするの?」

「ここの家賃も安くないからね、会社の寮に引っ越すわ」

「そんなぁ…」

だからあなたが帰ってくる場所は無いと遠回しに言われ少女は力なく座り込んだ。

「大丈夫よ。一度お会いしたけど、良い人だから」その言葉だけに期待を抱き逃げ出したくなる思いを飲み込んで最低限の荷物を段ボールに詰めた。

この荷物は後日母が郵送してくれるらしい。

当日は数日分の着替えと必需品を詰めたトランク1つで電車に乗ることとなった。

電車を乗り継ぎ、渡された鍵と地図を持って重いトランクを引きずる少女の顔はまるでこの世の終わりに向かって歩くかのような絶望を浮かべていた。

地図上に付けられた赤い印のある場所には白い壁にぐるりと囲まれて堂々と佇む大きな一軒家があった。

まさかここではないだろう、と何度か周囲を歩いてみるが表札にも地図にも間違いはない。

古いながら立派な建物でそれはまるでテレビで見るような“洋館”の屋敷のようだ、と彼女は漠然とした感想を抱きながらベルを押した。

インターホンの向こうから、どちらさまですか?と声がかかる。

すぐに名前を告げると自動で門が開き始めた。

おじゃまします、とひと声かけて足を踏み入れる。

広々とした庭園。

踏み石を歩みながら普段着より良い格好をしてきて良かった、と小さく安堵の息を漏らした。

門から随分離れた屋敷の玄関から年老いた男性がこちらに向かって歩いてくる。

まさかこの初老の男が私の婚約者なのかと背筋に冷たい物が走った。

「よくいらっしゃいました」

「あ、こ、こんにちは…」

「こんにちわ、私は執事の緒方と申します」

緒方と名乗る男のお辞儀につられるように美優も頭を下げる。

あぁ、よかった、私の婚約者はこの人ではなかった…

彼にトランクを預け、案内されるままに屋敷に入り居間に通される。

ここには執事以外にも使用人が居るようで、エプロンを付けた年配の女性がお茶とお菓子を出してくれた。

お茶を出されて数分も立っていないだろう、すぐに若い男が居間に入ってきた。

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