マニアック

友達未満、セフレ以上

 女性という生き物は、可愛くないとモテない――というわけではない、と思う。

 可愛いのにモテない同性を、私は数多見てきたからだ。

 つまりはどういうことかというと、「男から見て可愛い生き方」が肝心だということ。

「まぁ、早いが話、私がモテない理由はそれだろうな、と……」

 私、市川実花いちかわみかがアラサーが故の持論と自己分析を口にすれば、バーカウンターのボーイ、かえで

「あらぁ、寂しすぎる自己分析だわぁ」

 と口元を覆った。

 くそう、絶対その掌の中は口角が三日月に歪んでいる。

「でもさ、実花ちゃん。その卑屈な自己分析に一理あったとしてもよ? いわゆる『男子目線で可愛い』を強制してくる男に群がられてどーよ?」

「絶対嬉しくないわね」

「でしょー? 所詮は畑違い! 相手にしたくもない奴からの好意なんて毒にも薬にもならないんだから放っておきなさいよ」
………

………
 もっともすぎることを言う楓は、このミックスバー『みっくすジュース』のスタッフだ。

 ミックスバーとは女装した男性が接客をするバーなんだけれど、対象者は必ずしも同性とは限っていないのが一風変わっているところ。

『みっくすジュース』では女装家のお客さんも歓迎しているし、私のような異性愛者が一人でふらっと立ち寄っても居心地がいい。

 スタッフの衣装はさまざまで、今日の楓はなぜかミニスカポリスだ。
………

………

………
「……ねぇ楓。『可愛い強制系男』は、薬になることはありえないけど、公害にしかならないって知ってた?」

「え、なにそれ、逮捕案件?」

「自分の好みじゃない女=可愛くない、ブス、性格悪い。っていう方程式が奴らの中にはあってだな? じゃあ最初から関わらなければよいものを、わざわざ接触しに来るんだよ」

「うわぁー逮捕の匂いぷんぷんー!」

 茶化しているようで、話している相手のテンションを上げる合いの手をくれる。

 私はハイボールで唇を潤わし、調子に乗る。

「例えば、『俺そばかすある女って考えられないんですけど、市川さんってわざわざつくっているんですか? え、可愛いと思っているんですか?』って三つ年上の既婚者同僚から言われてぇー。『男は顔や愛想がいいと出世するけど、女は逆だから市川さんは出世するね』ってクソ部長から言われてぇー。なんなんだろうね、あいつらって何かしら絡んでこないと生きられないの?」

「うーわー! クソすぎぃ! ありとあらゆる万里の肥溜こえだめー!」

「ちなみにありがた迷惑過ぎる気の使われ方に遠慮すると『え? 断るの? この俺を? お前が?』って顔に出てるからねー! マジお呼びじゃないわー! 私の人生にいらないわー!」

「可愛いジェノサイドがしたいのかしら? やだぁ、自分たちが生き残れないのにねぇ。ま、アタシは生き残れるけど!」

「はぁー? ミニスカポリスやるならのももの毛までちゃんと処理しなさいよ」

「わかってないわね、これがいい味出してるんじゃない」

 あぁー愚痴をつまみに飲む酒は美味いわーと口に出しそうになり、いや、そもそも愚痴がなくても酒は美味いな、と思い直す。

 接客という業務の範囲内であっても、楓は話し相手として最高だ。

 喋りたいことに拍車をかけてくれる。

 聞き上手というか、引き出し上手というか……。

 ミックスバーという特殊な空間で磨かれた接客術はどこにいっても歓迎されるレベルだと思うので素直に尊敬する。

 なんというか、女性視点の『かわいい男』って感じ。

 私も楓みたいになれたらいいのかな、と思ったけれど、それはそれで違う気もする。
………

………
「あぁー! 仕事行きたくなーい……てか、仕事だけさせてほしーい。めんどくさいこと考えたくなーい」

「あーよしよし。ここまで引っ張ってきてくれれば、そんな野郎ども、アタシが手錠かけて豚箱ぶちこんで警棒をありとあらゆる穴につっこんであげるんだけどねぇ」

「なにその想像したくもない拷問」

「冗談よぉ……ねぇ、この後どうしよっか?」

 とっくに飲み干したハイボールの氷をもてあそび、

「やめとく」と答えた。

 こういう楽しい時に明日のことを考えてセーブをかけるのってめっちゃ切ない……。

「ん、そっち、じゃなくて」

 楓は無意識に唇を尖らせた私に、人差し指で触れた。

「いまので発散、できちゃった? だったら、喋らせすぎちゃったかしら」

 ちろりと覗いた赤い舌が、蛇のように自身の唇をなぞる。

 こんなセクシーな誘い方。

 女の私だってしたことがない。

 ……いや、違う。女だから男だからとかじゃなくて、想像できないような二面性のある楓だから、私はくらくらきちゃうんだ。

「……発散、できてない。……もっと……!」

 じいと、その瞳を見つめ返し、『おねだり』した。

 にやりと笑った彼の表情は、『みっくすジュース』の楓の顔から、悪い男の表情をちらりと魅せる。

「じゃあ、三〇分後、いつものところで」

 伝票を私に差し出すと、楓はバックヤードに姿を消す。

 どうやら勤務時間ちょうどだったようで……話のキリといい、まるで総てを見透かされて計算されているかのようだった。

 にぎやかな店内を背後に、私はくるくると表情を変える彼のことを考える。

 普段の楓はおバカなコスチュームと軽快な喋りで場を明るくさせている――一方で、意地悪で狡猾で、計算高い彼の表情をどれだけの人が知っているのだろう。

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