マニアック

快楽漬ダイエット

「あれ、史佳ふみか先輩飲まないんですか?」

 後輩の小泉こいずみさんが差し出してくれた美容系栄養ドリンク。

 ビタミンやコラーゲンも取れて眠気覚ましにもなるそれは私のお気に入り……

 だったのだけれど、カロリーが暴力的なそれでもあった。

「うん、ありがと。いいのよ……」

 苦笑いで断りつつ、水に口をつける。

 時刻は一九時。

 仕事はあと少しで片付きそうだが、同僚たちはみんな何かしらを口に入れている。

 匂いだったり音だったり、空腹が故に研ぎ澄まされた五感が余計な情報を拾う。

 あぁ、誘惑に負けそう。

 ――痩せる……いや、痩せねば

 人生で何度口にしたことかわからないセリフを、私、史佳は己に誓ったのだ。

 これは、マジの緊急事態宣言だぞ、と。

 思えば「痩せているね」と言われたことが人生で一度もない。

 いや、肥満ではないのだ。

 なんというか『ザ★中肉中背』。

 BMIで健康優良と言われるそこを二八年間キープしている。

「もしかして、ダイエット始めるとか?」

「鋭いね……小泉さん。実は一週間で1.4キロほど増えまして」

「それぐらいならタイミングによっては誤差じゃないですか?」

「ふっふっふ……ところがどっこい、言い訳のしようもないくらい快調だったのよ」

 あー、と小泉さんが微妙な表情。

(うん、ごめんね。フォローのしようがないよね。でも、事実なんだ)

「アラサーという生き物は、今まで通りが許されないということ、よくわかったわ」

「うわぁ恐怖でしかないんですけど。で、具体的には何をするんですか?」

「ジム、に行くしかないかなって思ってる」

「えーちゃんと金額分通います?」

「いっそ初期費用を思いっきり払えば元をとるまで意地でも続けるかなって」

「そういうものかなぁ……手軽で安く済ませられるならそれに越したことはないと思いますけど。手軽といえば、ダイエットの一つに『セックスは痩せる』ってのがありますよね。……あぁ、相手がいないぶんジムに登録する方が手軽なのか」

「うるさいよ!」

 遠慮がないのは彼女の美点だが、時にデリカシーのかけらもなかったりする。

 マイペースな彼女は睨んでもへこたれる様子もない。

「あ、そういえば、私の友達がこの近くのジムに通ってめちゃキレイになってました。えぇっと、あ、ここですね」

 

 小泉さんが見せてくれたスマホには、ジムの紹介ページ。

 いわゆる美ボディの美男美女の写真はうさん臭いけれど、設備はいいかも。

 値段は、かなり張る。

「ちなみにそのジムに通い始めた友達のビフォーアフターがこれです」

「えぇええ! マジ?」

 その比較写真は……

 正直「合成か?」と疑わしいものだった。

 ぽやん、としたまるっこい体系の子がメリハリボディの美人になっている……

 肌艶も雰囲気もがらりと変わっていた。

 なんというか、内側から自信が溢れている。

 そして、ちょっとエロい。

 不思議と、人の成功談を聞くとやる気が出るもので。

「私、今日の帰りにここ行こうと思う」

 案ずるより産むがやすし――早々に予約を入れたのであった。

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