顔を上げると、彼がいた。
「お疲れ様です」
「嘘…ごめんなさい!」
「謝るのは俺の方です。勝手に約束したの俺だから」
彼の話を聞くと、私があと1分長く立っていたなら彼に遅れる趣旨を伝えることが出来たらしい。
肌寒い夜、薄着の彼はここで40分近く待っていてくれた。
「本当にごめんなさい。遅くなって申し訳ないです」
「謝らないで下さい。全然気にしなくて大丈夫です。それとタメ口で話してもらっても…俺、年下なんで」
「え、ありがとう。古宮くんもタメ口で話して大丈夫だよ」
年下って断言できるのはどうしてだろう。
追及するのは大人げないのでとりあえず気にしない。
「行きたいところはありますか?」
「えっと…食事だよね?」
彼は返事をせずに、ただじっと私を見続けた。
暗い場所で彼の顔を見るのは新鮮で、暗めな髪色と肌に沿う影がやけに男らしくて色気があった。
「今すぐ抱きたい、って言ったら嫌いになりますか」
余りにも野性的な発言が彼の口から飛び出して心臓は止まってしまいそうだった。
負けじとストレートに「抱いて下さい」とも言えず、両手で彼の左手を包み込み指を絡めた。
彼が誰にでもそんなことを言っていないと信じ、私は女の顔をして彼を見つめた。
「嫌いにならない」
「えっ、あ…それじゃあ…」
彼は自ら大胆発言をしたくせに今ではすっかり慌てた様子で口元を掌で押さえていた。
そして歩く度に肩や腕が触れ合う距離を保ちながら近場のホテル街へ向かった。
外観の良いホテルに入り、部屋のカードを手にして狭いエレベーターに乗った。
「俺のことはいつから知ってますか」
「今年の春からだけど…話したことないから何にも知らないのと同じかな」
「ですよね。知らないことばっかりですね」
返事をしようとしたらメロディが鳴って扉は開いた。
壁に取り付けられた矢印の電飾が点滅し、私たちが進むべき方向を示していた。
彼が部屋の扉を開けてくれたので私は先に入り、ベッドの置かれた部屋を見渡した。
「広いね」
振り向こうとしたら彼の大きな身体に後ろから抱き締められた。
前回の笹尾さんに続き、男の子が下品でなくてストーリー全体に好感が持てます。こんな感じのまた待ってます!