恋のはじまり

打ち上げ花火と真夏の淫夢

止まっていた恋時計が再び時を刻み始める

実家に帰ってきたのは、確か4年ぶりぐらいになるだろうか。

到着して運賃を支払ってから、実家の前に止まったタクシーを降りると、私が18年過ごした懐かしい我が家が4年前と変わらずそこに建っていた。

玄関を開けようと扉の前まで歩いて行った時だった。

「あれ?幸恵ちゃんだろ。」

庭の向こうのお隣さん宅から聞き覚えのある声がした。

幼馴染のタクちゃんだ。

「なんだ帰って来たんだ。久しぶりだなぁ、4年ぶりぐらいだっけ?」

「あっ・・・うん、そうね。それぐらいになるね」

突然のタクちゃんとの再会に、照れくささで言葉が少し詰まった。

そりゃそうだ。ずっと片思いだった人なんだもの。

「荷物を置いて着替えてから、あとでそっちに行くから待ってて」

そう言って、私は家に入って親との再会もそこそこに、着替えを済ませると、高鳴る気持ちを抑えながら、お隣のタクちゃんの家を訪れた。

チャイムを鳴らすと、玄関扉が開いて目の前に笑顔のタクちゃんが現れた。

相変わらず羽生君のような王子様系ベビーフェイスに、それとは似つかわしくないとてもアンバランスな筋肉質スタイルだった。

「やあ、いらっしゃい幸恵ちゃん。待っていたよ。さあ、上がって上がって」

彼に促されると、私は軽くうなずきながらリビングに通された。

見覚えのあるグレーのソファーに腰を下ろすと、台所の方から冷たい麦茶を持ってタクちゃんが戻ってきた。

「麦茶しかないけど、いいかな」

「うん。そんな気を使わないで」

私が出された麦茶を一口飲んでいると、

「やっぱり幸恵ちゃんは昔と全然変わってないなあ」

「ちょっと失礼ね。どこ見てるのよ。ちゃんとみてよ。大人っぽくなったでしょ」

「どれどれ?あ~、確かに言われてみれば、少し大人っぽくなったかな。髪型は。あの頃の幸恵は三編みだったもんね」

「もうバカ・・・」

タクちゃんは少しからかうような感じで私に言ってきたが、それでも嬉しかった。

たかが髪型のことだけど、ちゃんと私のことを覚えてくれていたんだから。

聞けば、現在タクちゃんは大学4年だが普通に就職することなく、ライフセーバーの資格取得を目指し勉強中とのこと。

水泳選手としてオリンピックの舞台に立つという夢は叶わなかったみたいだが、挫折することなくタクちゃんなりに考え、新たな夢に向かって歩き出したようだ。

行く行くはインストラクターとしても活躍し、後輩を育てたいという夢もあるとか。

昔からタクちゃんは正義感の強ったので、彼らしい夢だなと感心した。

私なんてずっと遊んでばかりで、将来のことなんて何もまだ考えていないのに・・・。

私だけ4年前から何も変わっておらず、ずっと時間が止まったままだ。

将来のことも、そして、恋に関しても、私の時計は止まったまま。

このままではいけない。何とかしなければ・・・。

そんなことを考えていると、私はふとあることを思い出した。

それだったら、あの写真もまだ部屋に飾ってあるんだろうか・・・。

そこで私は、「2階のタクちゃんの部屋久しぶりに見てみたいな」とタクちゃんに頼んでみた。

「いいけど、特に4年前と何も変わってないよ」そう言って、私を2階の部屋へと連れて行ってくれた。

ドアを開けた瞬間、懐かしい光景と香りが飛び込んできた。

正面に大きな窓があり、右にベッド、そして、左に机と配置は昔のままだった。

タクちゃんは私と違って勉強も得意だったから、たまに家にお邪魔してこの部屋で勉強でわからないところを教わったものだ。

記憶が確かであれば、お目当ての写真は机の上に飾られているはずだ。

そのお目当ての写真とは、タクちゃんと花火大会で一緒に撮った写真である。

私は机の前に移動すると、すぐさま机の上に目を向けた。

すると、そこには4年前、最後にタクちゃんと行った花火大会で撮った写真が、写真立ての中に入れて、変わらず飾ってあったのだ。

白のTシャツに黒のハーフパンツ姿のタクちゃんと、その横でブルーと紺色の花柄模様の浴衣を着た私が、互いにピースしながら体を寄せ合っている写真だ。

「これ撮ったの確か4年前最後に2人で行った花火大会だったよね」

と言うと、手にした写真立てをタクちゃんに渡した。

「楽しかったよなあ・・・幸恵ちゃんの浴衣姿もすごくキレイだったし」

タクちゃんの思いがけない言葉に私の頬は赤く染まって体が火照ってきた。

「そうだ、幸恵ちゃんさえよければ、久しぶりに花火大会に行ってみない?」

彼の突然の提案に私は一瞬戸惑ったが、断る理由はなかった。

「うん、いいよ。私もタクちゃんとまた行ってみたいと思っていたところなの」

「そうか、よかった。それじゃあ決まりだな」と彼は張り切って応えた。

「楽しみだなあ、4年ぶりかあ・・・」

「そうね。きっとまた楽しいわよ」

そう約束を交わし、私は隣の実家に戻った。

タクちゃんのあの嬉しそうな顔を見ていたら、私まで嬉しくなってきた。

そして、なぜか時間の経過とともに、心がドキドキし始めていた。

そう。ついに私の止まっていた心の中にある恋時計が、再び時を刻み始めたのだ。

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