恋のはじまり

母親から突然の告白…え!?わたしに許嫁…(前編)

だから親の決めた許嫁の彼女には少しばかり同情していたし、もし彼女が嫌がるなら婚約は破棄しようと当面の間は籍をいれないつもりでいた。

いつ逃げられるかわからないと毎日怯え、それを誤魔化すように仕事に打ち込んでいたのだが、その行動すらも “彼女に仕事ばかりで家庭を顧みない男だと思われたかもしれない” と彼の首を締めてきた。

「ただいまぁ!」

明るい声が玄関から響く。

屋敷の中の騒動など何も知らない彼女の朗らかな声色に皆が大きく肩を下ろし安堵の息を吐いた。

「…おかえり、なさい」

「高貴!おかえりなさい。先に帰ってたんですね」

悪びれもせずに笑う彼女に苛立ちを感じないでもなかったが彼は言いたい小言やら皮肉やらをぐっと堪えて出来る限り人当たりの良さそうな笑顔を作る。

「美優、出かけてたんですね」

「はい!買い物に…あ、すみません、報告せずに出ちゃいました」

バツの悪そうな顔で謝る彼女に家の主人は

「今度からはちゃんと、誰でもいいから屋敷の人間に一言伝えて出て下さい」

と溜息混じりに言いつけて居間へへ促し、二人揃ってソファに腰を下ろす。

「あの、いきなりですが…ぜんざいは好きですか」

唐突な質問に彼女はとりあえず、と言った面持ちでうなずく。

「ぜんざいを買ってきました」

「…私はフィナンシェとマカロンを買ってきました。一緒に食べようと思って」

まるで同じ考えに笑い出しそうになりながら彼女は、これが彼なりのコミュニケーションなんだな、とまた一つ男のことを知る。

家に居る時間は短いし同じ年頃の恋人たちのようにベタベタくっつくようなこともないけれど私は彼に、彼なりに大事にされているのだと。

「高貴、すずらんのつぼみ、もう見ました?」

丁寧に暖められたぜんざいを濃い緑茶で味わいながら彼女はなんとなしに口を開く。

「つやつやの大きな葉っぱに守られるように白い蕾がついてたんですよ、凄くかわいかったです」

「…見たいですねぇ」

「じゃあ一緒に…って、もう暗いですね」

日差しが暖かくなって来たとはいえ5月の日の入りはまだまだ早い。

時計を見れば7時を指すまでそれほど大した時間も残っていなかった。

“じゃあ明日一緒に”と言いたくなった美優はすんでの所で口を閉じる。

彼は明日も仕事だろう、それにただでさえ忙しい高貴に単に花の蕾をみるだけという、ともすれば馬鹿馬鹿しさすら感じるような事を約束させるのは気が引けた。

「いえ、ぜんざいを食べ終えたら庭に出ましょう」

懐中電灯か携帯の明かりで見るのだとばかり思っていた美優は彼の発した「今夜は満月なので明るいですよ」という一言に一瞬目を丸くしたがすぐに笑顔で頷く。

会ったばかりの頃は彼の浮世離れした感性が奇妙だと感じていたのに今はそれに好意的な感情を抱くようになっていた。

………

………

「そこ、段差があるので気をつけてくださいね」

使用人の部屋が面する裏庭は電気が漏れて明るいかもしれないから、と彼に手を引かれるまま東側にある真っ暗な中庭に向かう。

黒々とした夜の庭の中でも月明かりを反射する白いすずらんはよく目立っていて、探す必要もなく小さな蕾が1つ、2つ、3つと宙に浮いて見えた。

「高貴、すずらん好きなんですか?いっぱい植えてありますけど…」

この家の敷地には沢山の植物が植えられていて小さな温室もあるけれどその中でも群を抜いて多く育てられているすずらんには彼のこだわりのような物が見える。

「まぁ、す、好きですけど…今は花より…」

濁すように語尾を誤魔化す彼に美優は首を傾げる。

「花より?」

「あなたが好きです」

唐突な告白に花に向けていた顔をぱっと上げて彼を見た。

彼は恥ずかしそうに顔を背けたまま再び口を開く。

「親の決めた婚約ですが、好きに、なりました」

普段は自分の感情を言葉にしない彼が目を泳がせて恥ずかしさを押し殺して私に好きだと言っている。

美優は驚きで喉が詰まりそうだったが彼の想いにきちんと答えなければ、と拳を強く握りしめ絞りだすようになんとか言葉を発した。

「私も、高貴が…す、好きです」

「正式に私と結婚しませんか」

美優はこういう時、なんと答えればいいのか知っていた。

………

………

フツツカモノ、という言葉の意味はわからないけれど。

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