すれ違い始めたのはいつからだろう。
明確にそれと指をさすことができなくても、ずっと噛みあっていない部分があるのはわかっていた。
「いいよなぁ専業主婦は。俺に食わせて貰っているくせに家事も手伝えなんて生意気なんだよ」
稼いでいるのは俺だけ、という発言は日ごろからあったが、今日の一言は許しがたいものがあった。
確かに今の私に収入はない。
けれど、それはあなたの転勤で県を跨ぐ引っ越しをしたから退職せざる負えなかったのが理由。
望んで辞めたわけじゃない。
「だいたいなんでうちってお金溜まってないわけ? 俺しか入れてないから?」
――いやいやいやいや、私無収入になってからも自分の貯金から家にお金入れてますけど? あなたと同額じゃないと入れてるうちに入らないってこと?
言葉にしようとしたけれど、それが形にならなったのは、「言っても無駄だ」という諦めが先に走ったから。
そもそも同棲していた頃から、月収に差があっても、私は夫と同じ金額を家庭に入れていた。
それでも彼の中ではそれは「無かったこと」にされているらしい。
説得も説明も、もう何も話したくない。
私の中で蓄積した疲労は静かに爆発した。
私はぐちぐちと「俺はやっている」と主張し続ける夫を視界から外し、財布と車のカギだけを持って家を出た。
しばらく車を走らせるも……夫の転勤により引っ越してきたばかりのこの地に友人はまだいない。
行く当てもなく、無意味に軽自動車を走らせた後、長く過ごせそうだからという理由でスーパー銭湯に行き着いた。
(前から気になっていたんだけれど、待たせると怒るからなかなか来られなかったんだよね……)
胸を弾ませ、私はゆっくりと湯舟につかった。
最初はスマホに連絡がないかびくびくしていたけれど……こうして強制てきに見られない時間をつくるのは正解だったかもしれない。
しばらくは何も考えないでいられた。
ついでに岩盤浴も済ませ、食堂兼休憩室で一息をつく。
そこでやっとスマホを見たのだが……着信はない。
家を出て四時間が経過していた。
(私が勝手に出ていったとはいえ……関心がないというか、言うことを聞かない嫁はいらないんだろうな……)
岩盤浴で散々デトックスをしたせいか、涙も出ない。
それどころか「そんなにお金のことが気になるなら最初から稼ぎのいい嫁を探せばよかっただろうに」と舌打ちしそうになった。
「あー……帰りたくない」
すっかりからからに乾燥した身と心。
口からは本心しかでない。
ふと顔を上げると『本日、生ビール半額!』ののぼり。
「かえ、らなくていいか。うん」
つい――財布の口も開けてしまった。
とことん飲む、つもりはなかったのだが、いろんなものも相まって、どうやら私は歯止めが利かなかったらしい。
「……お姉さん大丈夫?」
多分一時間くらい経過したところで店員さんに話しかけられる。
「え? 大丈夫ですけど……?」
「あ、お酒、強い人なのね」
気が付けば空いたジョッキは五つ。
ビールとハイボールを交互に飲んで、六杯目にさしかかるところで店員さんに顔色を
え、すっぴんをじっくり見られるの嫌なんだけど。
「久々に飲んだせいですかねぇ。誰にも
「ふーん。禁酒でもしてたの?」
はい、お代わり。
と、渡されたハイボールのジョッキ。
レモン追加しようか? との声かけに、ぜひ、と頷く。