ぎゅうぎゅう詰めの電車にのりながら、マリコは一人、ため息をついた。
会社と家の行きかえりは、いつもこの満員電車にのっている。
都心のようなつぶれそうなほどの人込みではないが、人と人とが密着しているこの空間は、やはりマリコは好きにはなれなかった。
「はあ……」
特に興味のない仕事を続けてそろそろ5年、新しい出会いもなければ、特に楽しいこともないどこにでもいる社会人だ。
(何か楽しいことないかなあ……)
四方八方からの人波に潰されながら、マリコはそう思った。
その時だった。
「……えっ?」
何かが、お尻にあたった。
それは人の手というよりは、無機質で硬いもののような感触がした。
偶然、誰かのカバンが当たってしまっているのかもしれない……
痴漢というような雰囲気ではないし、こんな満員ではそれも仕方がないことだろう。
マリコはそう思い、もぞりと身体を動かした。こうすればもう、当たることはない……
そう思ったが、それはマリコの身体に着いてくる。
マリコの身体が動いたからなのか、ソレは先ほどとは別の箇所に、またぐいぐいと押し当てられた。
「っ……!」
お尻の中心に当たっていたのが、少し場所を変えて足の間あたりに当たり始める。
身体のラインに沿う柔らかなタイトスカートをはいたマリコの臀部は、あまりしっかりガードされてはいない
――硬い何かが――おそらくカバンの角が――
敏感な部分を押し上げるようにして擦りつけられ、マリコは思わず身体を震わせた。
電車の揺れに合わせて、それは小刻みにマリコの弱い部分を擦っている。
偶然かもしれないし、もしかしたら誰かが意図的にしているのかもしれない
――手で払えばどかすことも出来そうだったが、マリコは頭上のつり革を両手でぐっと握り締めた。
「っ……は、っ」
じんわりとした快感が、電車のゆれとともにマリコの身体を襲ってくる。
こす、こす、とソレが動くたびに、マリコはお尻をもぞもぞと動かした。
身体は満員電車で自由にはならないし、偶然当たっているだけかもしれないそれも、気持ちの良い箇所にダイレクトに当たるわけではない
――それでも、その微かな感触をマリコは楽しんでいた。
「まもなく、〇〇駅~〇〇駅です」
よく聞きなれている男性の声とともに、電車の速度がゆっくりと下がっていく。
降りる人も多い駅で、乗客は降りる準備のためにごそごそと動き始めた。
それと同時に、マリコの身体に触れていた何かも、そっと離れて行く
――マリコが振り返っても、大勢のスーツを来た社会人たちがひしめき合っているだけだった。
「マリコさん、今日どうしたんですか?なんだかぼーっとして……」
会議が終わった後、後輩に声を掛けられた。
新人の頃からマリコが面倒を見ていた、笑顔のかわいらしい子犬のような後輩だった。
黒髪はスポーツマンのように短く切りそろえられていて、誠実そうでバリバリの営業マンだ。
彼に声をかけられて、そういえば確かにボーっとしていたなと自覚した。
会議中、どうしても今朝の電車の事が頭をよぎった。
こんなことでは、と思えば思うほどにその事で頭がいっぱいになって、途中からは会議の記憶がない。
「ううん、ちょっと……考え事しちゃって」
「そうなんですか?何かあったら言ってくださいね!」
「うん、
まさか電車で押し当てられたカバンの角のようなものが忘れられなくて……
なんて、そんなことは言えなかった。
曖昧に笑って流した後、定時になってすぐに会社を後にした。