「…そんな事の為にわざわざ残ってたの?」
「そんな事って言われても、俺本気で話す機会探してたんですよ」
これには開いた口が塞がらなかった。
言われてみれば彼とはよく話す。
確かに私に聞く必要のない事や報告しなくてもいいことを一々言ってきていた。
単に自分の仕事に自信が無くて私に目を通してほしいのだとばかり思っていたが、まさか好意を持たれていたとは…
「確かに、色々聞かれたりしたわね」
「…気づいてませんでしたか」
「ええ、全く」
「結構鈍感なんですね」
彼が急にニッと笑った。
先ほどまでの可愛い後輩から一転して妙な迫力のある瞳に変わった。
「もう少し気をつけた方が良いんじゃないですか?誰もいない夜の会社に男と二人きりなんですよ、疑ったり変だと思ったりしなかったんですか?」
「…今更何言ってるの。今までにも、二人だけで残ったことは何度もあるでしょ」
彼女は動揺を隠せないままグと乱暴にお茶を飲むと「それに」と言葉を続けた。
「一緒に残業しているだけの5つも年下の男の子に対して “襲われるかもしれない” と身構えるほうが自意識過剰で不自然じゃない」
「そういうクールなとこも好きです」
クールでもなんでもなく単にひねくれているだけなのだが、彼の目にはそう映っているらしい。
後日落ち着いたら良い眼科を薦めてあげようと思った。
「かなりアピールしたのに襲われるまで気付かないって相当ですよね」
「おそわれ…んっ!」
いきなり彼の顔が目の前に迫ってきた、と思った時にはもう唇が重ねられていた。
すぐにちゅっと軽い音を立てて離れ、角度を変えて再び強く唇が押し付けられる。
「ちょ、待って、待ちなさい緒方君」
「無理です」
「無理でもとめなさい」
できません、と言うや否や再びキス。
あまりに身勝手な彼に何かを言おうとしたのだが口を開けた瞬間にその隙間から彼の舌が入り込んできて、言いかけた言葉を忘れてしまった。
久々のキスが “会社で後輩に襲われて” なんて笑えない。
戸惑いながらなんとか彼を引き剥がそうとするも男の力の前には全くの無力だった。
何度も舌を絡めとられ歯列をなぞられる。
初めての感覚に背筋がゾクゾクするのを感じながらもそれを冷ややかに見つめる冷静な自分がそれに身を委ねることは阻止させた。
「ここ会社だって事、わかってるの!?」
数回のキスを終えやっと緒方の顔が離れた瞬間に彼女は抑えながらも怒りを見せる。
「悪い冗談だと思って水に流しますから、あなたはもう帰りなさい。」
「…冗談なんかじゃ、ないんですけど」
「まだ言うの?」
「…信じてもらえるまで言いたいんですが」
岡本さんが嫌がるなら、潔く諦めます。
と彼は小さな声でそう続けた。
余裕のない表情や弱々しい声にときめいたのか、あるいは母性本能のようなものが働いたのかもしれない。
何にせよこれ以上強気に出ることが
「…嫌ではないわ。緒方君は仕事も出来るし、その…かっこいいと思うわよ?女子社員に人気なのもわかるし…」
緒方はおもむろに彼女に近づくとぐいと腕を引き強引に立ちあがらせた。
「嫌じゃ、ないんですね」
強く自分に向けられる熱い眼差しに彼女は何も言えなかった。
異性からこんなにもまっすぐ見つめられたことなんて今までにたったの一度もなかったから、すっかり圧倒されてしまったと言った方が正しいかもしれない。
「…はい」