可愛く微笑みながら、ネクタイを……本当はネクタイを犬のリードのように引っ張るんだけれど、慶太お兄ちゃんはパーカーを着ているのでその紐を掴んだ。
「ほら、ちゃんと反省してくださいよ。今日はどんな失敗をしたんです?」
私は台本通り、足で慶太お兄ちゃんの脚を開かせる。つま先をゆっくり、でもわかりやすくいやらしい仕草で中心の方へ進めて……
「あれぇ?ご主人様のお口はお飾りでしたか?おっかしいなぁ!」
男性のそこを踵で踏みつけようとした。
「すすすすみません!ごめんなさいごめんなさい!ちゃんと謝りますからぁ!」
お兄ちゃんは台本を読みながらも、声だけはそれらしく答える。
ふーん。情けない男役、あってるじゃん。
いつもからかってくるお兄ちゃんの優位に立てた気がして気分がいい。
――えーと。この後の展開は……。
「……は?何これ聞いてない!」
セリフ、ではない。
私はそのページを見て驚愕する。今日修正が入ったばっかりのシーンだ。全体に赤いペンで修正内容が上書きされていて……問題はその内容だ。
「どした?」
「台本の内容、変更があったことは聞いてたけど、こんなに大幅に変わっているなんて……」
「ちょっと見せてみろ」
本来。この後、メイドとご主人様のやり取りは暗転した後場面が切り替わる。
ソファにふんぞり返るメイドと、その床をボロボロの状態で這いつくばるご主人様、という構図だ。つまりお仕置き内容はカットしているというもの。
ちなみにどうしてここまでご主人様がメイドになじられているのかというと、ご主人様が家宝である宝石を行きずりのキャバクラ嬢(正体は美人怪盗)に自ら渡してしまったため、というもの。
超優秀なメイド(私のこと)はご主人様のお父様、つまりご頭首からの依頼で彼の教育係も努めつつ、尻拭いをさせられているのだ。
今私が読んでいた台本は第5話。
変更内容は……
「おもいっきりお色気シーンっつううか、莉々子がご主人様をエロく苛めているシーンだな。こりゃ」
「なんでこうなるのよぉおおおお!」
「こないだ放送された2話が評判良かったからじゃね?ご主人様をひたすら踏んでたやつ」
「あの放送の後『俺も踏まれたい!ぶひぃ!』とかいうコメントでTwitterが荒れたって聞いてたけどぉ!」
修正版によると、私は鞭をビシバシ鳴らしながらご主人様をうつぶせにして、耳元で罵詈雑言を浴びせながら背中や腰に痛いマッサージをする、らしい。
「どんどんご主人様のマゾっ気が加速してる……」
「まぁロリメイドに苛められるってドラマならではの楽しみ方なんじゃね」
慶太お兄ちゃんはなんでもないことのように言った……『ロリメイド』と。
「お兄ちゃん……もうちょっとだけ、付き合って貰ってもいいかな?セリフは別に読まなくてもいいから、雰囲気だけ身につけておきたいっていうか、色気の練習がしたいし?」
「ん?別に莉々子がやりたいならいいぞ」
「わぁ!ありがとうございます、ご主人様!……でも『莉々子がやりたいなら』ですって?口の利き方、気を付けてくださいよ。ご主人の癖に何言ってんの?」
私はパーカーの紐をぎゅうぅぅぅと絞めたついで、慶太お兄ちゃんの脚の付け根をぐりぐりと踏んだ。
「ぐっ!おい!そこ踏むのは反則だろ!」
「はぁー?何言ってるのかわかんないんですけど?人のこと散々『ロリメイド』なんて言っておいて、自分が反撃されないとでも思っていたんですかぁ?ほんっとダメですね、お、兄、ちゃ、ん!」
私は言後を強くする反面、彼の中心を優しく上下した。
足裏ごしにも、ズボンの中の彼が少し反応しているのがわかる。
「それともぉ、まさかお仕置きをお望みでしたか?」
「あ、のなぁ!」
困ったように眉を寄せる慶太お兄ちゃんを見下ろす……なんか、イケないことをしている感じが加速してゾクゾクする。
「……ほら、早くうつぶせになってください。言い訳は身体にきいてあげる」
舌なめずりをして、ソファの方へ顎をやる。
役になりきるつもりがない慶太お兄ちゃんは屈辱的な様子で顔を顰めていた――が、何を思ったのかにやりとする。
「で、どんなお仕置きをしてくれるんですか?メイド様」
従順にごろんと背を向けたお兄ちゃんはにやにやとこちらを挑発する。
そこではっとした。
――た、確かに!お仕置きって何をすれば……ってか、激痛マッサージって何すればいいの?ツボ押し?
でも、ここでひるめばお兄ちゃんのにやにやは爆笑に変るはず。
私は動揺していないふりをしてお兄ちゃんの背中に跨った。
「えいっ!」
とりあえず広い背中を指圧する。思いっきり力を入れれば
「痛ででえ!」
と、本気の反応。
「やだぁ。ご主人様ったら首も肩も腰もがっちがち!もっと痛くしちゃおっかなぁ」
台本どおり耳元で囁く。
くすぐったそうに身を捩られたのでいたずら心がくすぐられる。
「ほらぁ、私にどうされたいのか、ちゃんとおねだりしてください。じゃないと……」
私は無防備な脇に手を入れ……。
「うぉっ!脇は、やめっ!」
「くすぐっちゃいますよーだ!」
撫でるようにこしょこしょすればエビぞりになって抵抗する。
「うひゃぁっ!くっそ、まじで、ダメだからそれ!」
「えー。そんな反抗的な態度じゃどうしようかなぁ」
「んの、調子に、乗るな!」
「え、きゃあ!」
うつぶせのまま暴れていたお兄ちゃんはあっという間に私を組み敷き、ソファに身体を縫い付けてしまう。
笑いすぎて目に涙を浮かべた慶太お兄ちゃんはぜぇはぁと息が荒い。
「あのー……怒っちゃった?」
ぎろっと睨まれたので、渾身のぶりっこポーズで恐る恐る伺う。
「あぁ、いたずらが過ぎるメイドには、お仕置きが必要だよな?」
問答無用、とばかりに慶太お兄ちゃんは意地悪く微笑み――私の手首はタオルで拘束された。
「色気出るように稽古してやるから……覚悟しろよ」
耳元で囁かれたとき、私は彼のスイッチを踏んでいたことをようやく自覚した。