恋のはじまり

わからせっくすは漫画だけの話だと思ってた

結局、先輩の拘束から逃れるまで、私はだいぶ走らされ、現在は見知らぬ公園のベンチにいる。

ぜーはーと、あがった息を聴かれたくなくて顔を仰向けたのに

「相変わらず引きこもりか? 体力無さすぎじゃね?」

涼しい顔で言ってのける先輩。

そうだ、この人はこういう人だった。
………

………
「……経緯を聞いても?」

「榊が帰ったから俺も抜けようとしたら失敗して追いかけられた」

「へー……肉食な女性たちで……」

「な。俺もびっくり。ゾンビ映画みてぇ。アレ思い出してわ。『哭悲こくひ』っていう、台湾のグロくてえっぐいやつ」

「……今日観ようかと思ってましたけど、この流れでソレいうのは最低でしょ」

曲がりなりにもアンタに好意を寄せている女性にそれかい。

眉をしかめる一方で­

――あの映画、理性がぶっ飛んで、人間の欲望が暴走しまくる露悪の集大成みたいだったよな、と……。

 

「つかさぁ、俺、榊と同じ大学通ってたって半年くらい前に知ったんだけど」

「学部が違うし、キャンパスも違うんだからしょうがないでしょ」

「榊がいるからサークル入ったのに、なんでお前は俺のこと避けんの?」

「……先輩こそ、いつも誰かと一緒にいて話しかける隙なんて作らないくせに」

「そこは『私の九條先輩にベタベタしてんじゃないわよ!』って来るシーンだろ。俺は待ってたぞ」

「さっきから何言ってんですか?」

「榊が俺に『先輩はもっと周囲に馴染むよう努力しなきゃ、生きづらいと思います』って言ったからそれっぽく振る舞ってんのに、関わってくる大半が碌な奴じゃねぇんだもん」

「それはあなたがろくな奴じゃないからですよ」

「ははっ! 榊ってまーじで俺のことヨイショしねぇよなぁ」

「お立てられたいならどうぞ、お戻りください。だいたい、チャラくなれって意味じゃなくて『毒舌を控えろ』って意味です」

アホか、と思う一方で

私が言ったことを受け止めて­

――意味は履き違えていても、本人なりに『社交性』を身につけようとしていたなんて。

――そんな健気なキャラでした?

茶化すことはできない。

だって、その意外性は嬉しくて堪らないことだから。

「榊、顔赤くね?」

「……うるさいです」

「つーかさ、責任とれよ。俺、お前が言った通り『社会性』はそこそこ身につけたと思うんだよね」

「それはまぁ、はい」

前がひどかっただけな気がする。

「だからいい加減、俺と付き合え」

「は、い……?」

「よし」

「いや、よしじゃない! 一から百まで意味がわからんです!」

「なに言ってんだお前。『社会性と社交性がそこそこある人と付き合いたい』って自分が言ったんだろ。俺はお前好みに近づくようそこそこ頑張った。だからいい加減俺を選んどけ」

「どういう理論なんですか?! その言い方だと、先輩って私のこと好きってことになりません?!」

「最初からそう言ってるだろ」

「言ってないよ?!」

酔っているのかと、確かめようと顔を近づければ

「んぅ?!」

そのまま重ねられた唇。しかも

「ん……は、榊から迫ってくれるの、すげぇ嬉しい……」

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