私は心残りを抱いたまま出社し、翌日からつい彼を探すようになった。
そして、顔を合わせることになったのはそれから一週間経った日のこと。
(……これって、同じシチュエーション……?)
混んでいる電車の中で、太もものあたりに違和感がある。
それは先週よりも大胆で、どんどん内腿に滑り込んできた。
(ち、痴漢……っ!)
逃げなきゃ、と思った時。
身体が硬直してしまう。
前回は偶然居合わせた人が助けてくれただけで、振り払ってもやめてくれなかった。もし逆上でもされたら……?
それとなく身体を捩っても追いかけてくる無遠慮な手。
しかもそれは爪をたててストッキングを破こうとしている。
「い、嫌……っ!」
思わず小さな声で叫んだ時だ。
「こっち」
誰かが私の手首を掴み、ぐいっと引き寄せる。
「きゃっ……!」
「大丈夫? 嫌かもしれないけど、とりあえず次の駅まで掴まってな」
私の腰に回された手が、めくれ上がったスカートを正してくれる。
そっと顔を上げると、あの時助けてくれた彼だった。
「嘘……」
「こっちのセリフっすよ。どうする? あいつ捕まえる?」
彼は少し笑っていたけれど、私を落ち着かせるためなのか髪をそっと撫でてくれた。
その温度にほっとしてつい肩口に顔を埋めてしまう。
「ううん……お願いします。少し、こうさせて……」
彼のパーカーから香る、柔軟剤と整髪料の匂い。
同じ男の人なのに、緊張が解される。
無意識に彼の服を掴んだ時、自分がわずかに震えていたことに気付いた。
(……怖かったのに)
彼の体温が傍にあるだけで、こんなにも安心してしまう。
むしろ、腰に添えられたぎこちない手が、行き場をなくしてさまよっているのが伺えて余計に安心させられた。
(なんだろう……こんなことがあったら、男の人が怖くなってもおかしくないのに……)
彼が触れた髪も、腰も。
触れられていない部位も。
「……触って欲しいなんて、変かな」
「は?」
「え?」
私達の間だけ、時間が止まったように固まった。
(嘘、まさか私……)
「く、口に出してた……?」
「俺の幻聴じゃないなら、思い切り」
「……っ! わ、忘れて! 聞かなかったことにして!」
(嘘嘘嘘っ! 最悪っ! 痴女だと思われちゃう!)
火を噴くように顔が熱い。きっと耳まで真っ赤になってしまっている。
見られたくなくて顔を背けようにも、彼が私の身体をがっしりと拘束してしまい逃げられない。
「あのまま痴漢されたかった?」
「そうじゃない! その、あなたに触って欲しいの……!」
自分でも何言ってんだ、と言う感じだが、働いていない理性のせいで思考が勝手に口から零れていく。
「ちょっ……自分が何言ってるかわかってんの?」
「だ、だって……あなたの手ならなんだか安心するから……触られて怖かったところ、上塗りしてほしいなって……。ごめんなさい。混乱して自分でもなに言ってるかわかんなくなってる……」