紺色のスーツを身にまとった山田冴美は、
「では、よろしくお願いいたします」
と、よくとおる声で言うと、電話の通話を切った。
ホワイトボードに向かい、
それを見ていた後輩の女性が、「先輩、すごいなあ…」と呟いた。
バリバリと働く冴美は、入社したばかりの後輩たちからは憧れの的だ。
スケジュール帳に先ほど決まった打ち合わせのスケジュールを書き込むと、冴美はそれをぱたりと閉じた。
電話の相手は取引先の担当で、冴美が先輩社員から引き継いで、もうすぐ三年の付き合いになる。
冴美の付き合いのあるクライアントの中でも、一番長い相手だった。
広告代理店の営業として、冴美が就職したのは三年前の春の事だ。
彩度の低い茶色の髪に、ストレートのボブヘア。
きりっと吊り上がった瞳が特徴的な冴美は、どこにいてもよく目立つ美しい女性だった。
身長は少し低めだが、姿勢よくヒールで歩く姿は後輩の女性たちから密かにあこがれられている。
キャリアウーマン、と言われて想像される女性像が、まさに彼女だった。
第一志望だったこの会社に無事に就職が決まった時、冴美は喜んで思わず一人で飛び上がった。
大手の広告代理店は、志望者も多く、競争率の高い戦いだったのだ。
100人近い同期とともに入社してから、冴美は一人群を抜いてメキメキと成長し、今や周りからは一目置かれる存在となっている。
仕事自体は大変だがやりがいがあり、営業職で時間はそれなりに自由だ。
冴美一人で担当しているクライアントとのことは、基本的に冴美がスケジュールを管理して進めるようになっており、いつ誰と会っているのかも、他の社員から細かく聞かれることはない。
他のクライアントとの「打ち合わせ」は基本的に相手の会社で行うが、今日の担当――
広い割には人が来ず、まるで森のように木に囲まれた駐車場の片隅で、二人の「打ち合わせ」は行われるのだ。