あたしは今まで恋愛の「れ」の字もしてこなかった。
だってあたしには『愛情』というのがわからないから。
身体だけの関係という人が多いあたし。
少しでもドラマで見るような『愛する人』がほしくて、でも気が付いたら常にセフレができていた。
………
………
………
「
よく聞きなれた声で呼ばれた。
会社の通路で振り返ると、上司の黒木専務がいた。
「はい」
「この前、人事で話し合いがあってな…」
黒木専務が話そうとすると、後ろから違う男性から声をかけられた。
「はい…あ、
「お疲れです黒木専務!」
「お疲れ。真鍋。俺の話はあとでも良いから、そっちの話が終わったら俺の机まで来てくれ」
「了解しました。…楓くん…どうしたの?」
「なぁ、今日
「あーいいよ」
「やーった。じゃ、いつもの時間にいつもの場所で!」
「はいはい」
あたしたちの会話はこんな感じ。
誰かがセックスしたいときは、あたしに声がかかる。
断りたいんだが、拒否されたときのことを考えると断れないのだ。
………
………
「黒木専務。遅れました」
「あ、悪いな」
「いえ、こちらこそ」
「じゃぁさっそく本題だが…お前、課長になる気はないか?」
「え?」
その言葉に、周囲でばたばた忙しそうに動いている同僚の手は止まった。
「…あたし、が?」
「あぁ」
内心うれしかった。
しかし悪魔はいるのね。
「どーせ黒木専務と寝たんでしょ」
「女を武器にってこわーい」
「黒木専務、惑わされちゃだめー!」
あたしはいいよ。
でもあたしのせいで黒木専務が何か言われるなら、辞めたっていい。
黒木専務はあたしを拾ってくれた、『飼い主』みたいなものだから。
だから…あたしは声にした。
「寝た?女の武器?それがなんなのかしらね。そうやって隅っこでこそこそ日陰でしか話ができない人間って無様なものですね。かわいそうになる。生き方がわからないのかなぁ…あ、こんなこと言ったら傷ついちゃいます?やだーかわいそう。ごめんなさいねー」
次から次へと出てくる言葉。
彼女らは何も言えなくなっていた。
「な…なんなの!おかしいから!黒木専務の判断ミスですよ!」
「そうよ!だってみじめに拾われただけの人間に何ができるの!?」
そこまで言われてあたしは黙っちゃいられない。
黒木専務の机をバンッ!と叩いて歩き、彼女らの前に行こうとした。
すると、その手首を黒木専務がつかんで離さなかった。
「せ…」
「みじめの意味。わかって使っているのか…俺からしたら、お前らのほうがみじめ。ここはもう学校じゃないんだぞ。その区別もできんのか」
専務のその一言がすごくうれしかった。
だからなのか、すごく恋している自分に気づいた。