私、和澤優香(かずさわゆうか)の視界はコップに注いだ満タンの牛乳の水面のごとく真っ白に染まっている。
「あーやばい。これはいよいよ、まじであかんやつぅー」
例えば、貧血で意識が遠のく瞬間とか、熱中症で視界が
そういう感覚に似ているものを感じた、わけではない。
体調はある意味すこぶる健康。
だるいのは、仕事のやる気がないから。つまりいつものことだ。
………
………
「ネタもやる気もなんにもなーい」
一向に染まらない白、白、真っ白の原稿。
そりゃあ、デスクについて、開きっぱなしのパソコンのマウスを操作しては
スマホを弄っているだけじゃ原稿が埋まらないことくらいわかっていますけど。
「もう無理。座っていることも無理ぃ」
スマホ弄りすぎて目が疲れたなぁなんて愚痴をこぼせば、
「社会人舐めんじゃねぇ!」
いつの間にか背後にいた
とひっぱたく。
「痛ったぁ! てか、いい音ぉ! じゃ、なくて鈴原さんいつからいたんスか」
「ほんの三分くらい前だが……お前全く気が付かなかったのか?
チャイムを鳴らしても返事もないから多少心配したぞ」
「だってぇ集中してましたしぃ」
「集中するほどゲームしてんじゃねぇ! 仕事しろ!」
至極真っ当すぎるご指摘。
うん、反省するしかない。
………
………
………
私、優香は小説家の端くれだ。専業ではない。
食っていけるほど稼ぎはない。
大学在学中経験したインターンを経て、自分があまりに会社勤めに向いていないかを実感した。
なんとか社会に馴染まず、親に迷惑をかけず、困らない程度に稼ぎを得て生きていく方法を模索した結果、
文章を書いて生計を立てるという方法に行き着いた。
自分名義の単行本を二冊出したきり、依頼される仕事はゴーストやうさん臭い雑誌に載せる短編くらい。
最近ではエロサイトに載せる官能小説ばかり書いている。
ちなみにいつの間にか私の部屋に入っていた鈴原さんは私が新人賞を受賞したときについた担当さんだ。
文芸誌の連載をもぎ取ろうと尽力を注いでくれているのだけれど……。
(ぶっちゃけ、「最近長編を書けないのであんまり期待しないでください」とか言ったら超怒るんだろうなー)
なんて、非常に恩知らずなことを思っていたりする。
……作家にとって一番怖いことは、怒られることより、連絡がないことだ。
わざわざ様子を見に来てくれるなんてありがたいことこの上ない。
「優香、お前今仕事いくつ持っている」
「えっとー……ネット公開の官能小説の短編は昨日終わってぇー。
児童書向けの怪談小説が途中でぇー。雑誌に載せる掌編はまだ触ってなくてぇー。
鈴原さんから持ち掛けられている恋愛長編のネタだしが今、ですかねぇ」
鈴原さんは一瞬、「お」と言葉を詰まらせる。
「今、意外と仕事しているなって思いました?
今のプラス、週三でパン屋のバイトですよ? ね? 私頑張っているでしょ?」
「お前はそういうことを自分で言うから
「えー」
「……まぁ確かに仕事はしているのは認める。だが、いいかげん、方向性を絞ったらどうだ」
う、と言葉を詰まらせる。