恋のはじまり

大人の夏休み

久しぶり、大きくなったねぇ。今年でいくつだっけ?

 毎年擦り切れるほど交わされるやり取りは、言われた方からすれば

「いつまでやってんの?」

なんて鼻でバカにするほどダサいのに。

 

「おー、未華子みかこ! お前きれいになったなぁ!」

 お世辞でも、彼から言われる誉め言葉は私を高揚させた。

「……ひ、ひさしぶり……」

 久々に顔を合わせたはとこの理人りひと君は、私が知らない間にがっしりとした男の人になっていて、つい緊張してしまう。
 

「と、……もしかして俺のこと、忘れちゃった?」

 私のリアクションの薄さに困惑したようで、理人君の眉が八の字になる。

「そ、そんなことないよ! り、理人君……」

 戸を開ければいくらでも人間がいるというのに、長い廊下に下りる沈黙はしばし気まずいものだった。

 

 この家、つまり私の父の実家は、遺産相続でこじれ血が血を洗う殺人事件に発端するドラマの台本になりそうな

――素直に趣があるというには妙に迫力のある、純和風のちょとした豪邸で『本家』と呼ばれている。

 祖父の兄妹、その子供たち、さらに孫の世代までが盆正月に集まると四〇名くらいに膨れるから、正直私は全員を把握していない。

 私が希薄と言うよりは時代のせいもあると思う。

父親がうるさくなければ今年だって顔を出すつもりはなかったのだ。

 

「えーと、あの……」

 なんて言ったらいいのか言い淀むと、理人君は察したらしい。

「気を使わないでくれよ。今どき離婚なんて珍しくもないし」

 どきりとその二文字が胸を刺す。

 微苦笑びくしょうする理人君は思ったより気にしていないみたいだけれど、つい腫れ物に触るように言葉を選んでしまった。

その気使いはきっと彼にとって鬱陶うっとうしいものだろうに。
………

………
「あ、あの、理人君は、恰好よく、ていうか、渋くなったね」

「えー、えー?」

 理人君は目を見開き、顔を少し手で覆う。あ、耳が赤い。

素で照れている姿は三十路を超えていても可愛い。

「やめろよー、さっきのお返しか? 身内の社交辞令とか恥ずかしい」

「社交辞令じゃないよ、ホントに……理人君はそうなの?」

 それなら手放しで喜びを?み締めた私が惨めだ。

「いや、俺はガチ。俺は、ね? 可愛い系から美人になったなぁって、女の子は化けるっていうけど、未華子は本当にキレイになったなぁ」

「や、やめてよ、そっちこそ……」

 今度は、私が赤面する番。

 

 理人君は私が小さい頃から私を可愛がってくれた。

 子供の頃から大人しいと言われてきた私は、同級生、特に男子からは『のろま』『とろい』と呼ばれ、馬鹿にされることがしばしあった。

 だから長期休みに会える年上のお兄さんが

「未華子は素直で可愛いね」「仕草が丁寧で女の子らしいね」なんて褒めてくれたものだから、

私はすっかり同級生の男子に興味をなくしてしまったのだ。

 ふと、理人君の少し疲れた表情に小首を傾げる。

 

「部屋、入らないの?」

「あー……うん、ちょっと今微妙……」

 

 わいわいと騒いでいる大広間で開かれた宴会は今日で二日目。

一九時を回った現在、正気でいるのは給仕をしている女性陣だけだ。

 私はその席に混ざりたくなくて、進んで台所にいたから理人君の到着にも気が付かなかったのだけれど

……どうやら何かあったらしい。

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