酷い雨だった。
沙耶は半ばずぶ濡れになりながら、帰路を急ぐ。
「あぁ、最悪……」
ぽつりと呟くも、雨の音にかき消された。
今日の仕事は最悪だった。
些細な事で上司と揉めてしまい、それ以降、部署全体の空気は重たいまま。
仕事を終えてから、何度ため息をついたことだろう。
明日の出勤も憂鬱だが、この後帰宅して夕飯の支度をしなければならないことも、私にとっては肩が重かった。
三十歳という区切りで結婚したものの、夫婦生活はあまりうまくいってはいなかった。
今日もどうせ、彼はまた何もせずにゲームでもしているに違いない。
何なら、また適当にコンビニ弁当でも食べているかもしれない。
こんな顔で、家に帰れない。
自宅から二駅ほど先に、私の〝知り合い〟がいる。
改札を抜けて、五分程度で辿り着くマンション。
俊介はそこに住んでいた。
雨の音に混ざって、インターホンの音が鳴り響く。
「沙耶ちゃん、きたんだ」
「……どうしても、帰りたくなくて」
いつもの言い訳をしながら、私はパンプスを脱いだ。
ずいっ、とリビングまで上がると、濡れたストッキングやスーツを一気に脱ぎ捨てる。
「不機嫌だね」
「……嫌なことがあったの。これ、ちょっとだけ干させて」
ため息と同時に、脱ぎ捨てたものを拾った。
俊介に手渡されたハンガーにそれらをまとめて、窓際にかける。
俊介とは、たまたまインターネットで知り合った。
私よりも2つほど年下だが、意気投合し今の関係に至る。
普段の仕事だとか、詳しいことは聞いていない。
いけない事だとは重々知りつつも、今日のように普段の自分を演じきれないと感じた日は、ここへ来る。
「嫌なことって、何があったの?」
「話したくない。というか、ただ会社でちょっとあっただけ……」
私の言葉は、段々と力なく項垂れていった。
本当は洗いざらい話して、聞いてもらいたい気持ちもあるのだが、そこまで時間の余裕はない。
何より、泣いてしまいそうだった。
下着姿同然で俊介の方へ振り向くと、その胸に抱きつき、顔を埋めた。
「ね……今日も、お願い」
「いいよ。……顔、見せて」