恋のはじまり

私にとってクリスマスは特別な日…

クリスマスが『特別な日』だったのは何歳までの話だっただろう。

ふと考えて、今年もそうだったと思いなおす。

「『特別』に、嫌な日であることには変わらないわぁ」

けっと舌打ちの一つも打てるくらいにやさぐれた私、布由乃ふゆのは缶コーヒーを煽った。

カップル達が楽しむ夜景の一つになりたくないから早々に仕事を切り上げる予定だったのに、直前になって押し付けられたのは同僚のノルマ。

体調不良を理由に帰社した彼女はいわゆるパリピなパーティーに参加していることはSNSで調査済み。

彼氏だか友達だか知らないけど、チャラ男に肩を抱かれた彼女はよくもまぁノー天気な写真をアップできるものだ。

(……部長に言ってやってもいいけど、独身行き遅れ女のひがみとか影で言われているんだろうな……)

事実、同僚は

「どうせ予定なんてないんだから助け合ってくれてもいいと思う」

という持論を女子トイレで他部署の人に吐露してしまうあたり、真冬にお花畑では飽き足らず花吹雪が吹き荒れるおつむなのだ。私の人生で培ってきた常識を、彼女と同じ尺度で測れるわけがないのである。

「あー……終わった」

時刻は8時過ぎ。

フロワに残っているのは私だけ。

私はデスクの眠気防止グッズたちを片付け、席を辞する。

警備員に声をかけて外に出れば、真冬らしい冷気が顔に刺さった。

「さっむ……やっぱマフラー買うか……」

愛用していたマフラーは年季が入りすぎていて捨てたばかり。

でも、せめて次のものが見つかるまでは手元に置いておくべきだったかと反省する。

(そういえば、クリスマスが『特別』に嫌な要素の一つだったわね、マフラー)

ふと思い出したのは中学生の頃の記憶。クラス会のクリスマスパーティーのこと。

プレゼント交換の時に私が引いたのは水色のマフラーで……私が用意したのも、同じような色味のマフラーだった。

――「翼、布由乃ふゆのとお揃いとかさすが幼馴染じゃん!」

誰かが冷やかすように言って、誰かがそれをはやし立てて……。

「は?ふざけんなよ。いらねーし」

その声は、今でも鮮明に思い出せる。

「あー……最悪。なんで思い出しちゃうかな」

思わず頭を抱えた。

こうなると次々思い出してしまう。

苦しい言い訳をして先に家に帰ったこと。

どうしようもなく寒くて、翌日の終業式を休んだこと。

クラスの女子に無駄な心配をさせまくったこと。

……プレゼントのマフラーは忘れたふりして持ち帰らなかったこと。

どうでもいいのだ。

今となっては。

それなのに。

いつもは一人でいることなんて気にもならない。

今日みたいな、一人でいることに指をさされるような日が、どうしようもない過去を掘り起こして嫌な気分にさせる。

だから、私は、何年たっても、今日が『特別』に嫌いなんだ。

空腹ついでに夕食を済ませようと気軽に入れる店を探す。

クリスマスメニューを提供しない店がいいな、と思うと牛丼屋しか思い浮かばなかった。

店内に入ろうとしたところで着信が入る。表示された名前は友人の由衣だった。

「あっ!布由乃ふゆの―?おつかれー!今なにしてる?」

「おつかれ。仕事終わって帰るとこだけど?」

「イブに残業かー!ねぇねぇあたし今駅中の居酒屋にいるんだけど来ない?春香とか芽衣子とかいるよー」

「まじかー。確かにみんな全然会えてなかったね」

会いたい気もする。でも、読み上げられた友人の名前は……奇しくも、あのクリスマス会にいた中学の同級生達だ。

「あー……でもどうしようかな……」

「厳しい?あたしさー調子乗ってクリスマスチャレンジメニューのデカ盛りチキン頼んじゃって協力してくれそうな人ローラーしてんだよー」

「呼ばれた理由超微妙なんだけど!」

「ちなみに芽衣子は助っ人で途中参加だから今主力になってるけどもう無理そう。お願い!もう布由乃ふゆのが最後の砦!」

……なんだかセンチメンタルになっていたのが馬鹿らしくなってきた。

「……お店の名前、何」

合流することに決めたのは、これ以上『特別』に嫌な日にならないで済むかも、と思ったから……――だったのに。

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