マニアック

事故物件の童貞君

翌日の晩、バイトから帰宅した莉緒ちゃんが申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。

「ごめん、ユズちゃん。例のパートさんの旦那さんが扱ってる物件、事故物件らしいの。それで良ければ、家賃が安いマンションを紹介できるけどって」

「事故物件って、死人が出たとかそういうの?」

「うん。そういう問題のあるマンションや家を貸したり売ったりする仲介者をしてるって。

事故物件は格安になるから、気にしない人は喜ぶらしくて」

「私もそれでいいかも」と私が言うと、莉緒ちゃんはびっくりした顔になる。

「ユズちゃんは気にならないの?」

「あまり気にならないなあ。幽霊とか信じてないし」

「ユズちゃんがいいならいいけど。それならパートさんにお願いしようか?」

「うん。頼むね」

翌々日には、私はユズちゃんとパートさんの旦那さんが経営している不動産事務所を訪れた。

事務所内はこじゃれた装飾できれいだけど、資料が収められているらしいロッカーのあちこちにお札が貼ってあるのが少々気になった。

受け付けの女性は愛想良く、私達を応接スペースに案内してくれた。

何人かの事務員さんが忙しそうに仕事をしている。

「わざわざご足労いただいて、ありがとうございます。

私が所長の篠田しのだです」と感じの良さそうな所長さんが、私達の向かいにあるソファーに座った。

「今日はよろしくお願いします」と頭を下げる私の横で、莉緒ちゃんも頭を下げながらロッカーのお札を気にしていた。

「一応厄除けでして」と、所長さんが莉緒ちゃんの様子に気がついて話しだした。

「こちらの事務所が扱っている物件をご存知ですよね?そのせいか、たまにロッカーがガタガタ揺れたり、声が聞こえたりして。手形がついてたこともあったかな?」

あっけらかんと話す所長さんを、莉緒ちゃんは少々引き気味に見ていた。

「借りた人はすぐに出て行ったりしますか?」と、私は尋ねてみた。

「そういう方もいらっしゃいますが、ほとんどの方はそのまま住み続けていらっしゃいます。あくまで【事故】があっただけで、亡くなった方は大体さっさと成仏されてますよ。ただ中には未練が残って、その物件に住み続ける魂もたまにいるようです。そういう幽霊さんは【うるさい】らしくて、そのうるささが嫌で住んだ方は出て行かれますね」

と、所長さんはニコニコしながら話す。

「そうなんですね」

「ところで先に教えていただいた地域付近で探したのですが、この物件はいかがでしょうか?職場からは徒歩5分ほどで、近くにコンビニもありますし、総合病院が徒歩圏内にありますよ」

所長さんはマンションの間取りと内部を写した画像、そして家賃などの資料を見せてきた。

2LDKで家賃は手頃価格、駐車場もあって何より会社から近い。

内見もさせてもらえるとのことでお願いした。

所長さんに案内されて実際に行ってみると、部屋は日が入りやすいため明るくてキッチンは機能的だった。

【事故物件】ということを除けば、これ以上のものは見つからない気がした。

「ここに決めます」と即決した私を、莉緒ちゃんは目をむきながら見た。

「そうですか。では、すぐにでも手続きを…」と、所長さんは資料を取り出す。

「ユズちゃん、いいの?」

こそっと莉緒ちゃんが尋ねてくる。

「うん。私は気にしないから」

私は笑いながら返した。

「何の事故があったんですか?」と莉緒ちゃんは私に呆れつつ、所長さんに尋ねる。

「自殺だそうですよ。そこのロフトの柵にロープを結びつけて、首をつっていたそうです」

所長さんは相変わらずニコニコしている。

「うわあ…」と言いたげな莉緒ちゃんとは、対照的だった。

契約をした翌日には、借りたマンションに引っ越した。

莉緒ちゃんは引っ越しを手伝ってくれてが、「怖いから明るいうちに帰るね。ごめんね」と早々に帰宅した。

私はのんびりと晩ご飯を食べて、お風呂に入って早めにベッドに入った。

………

………

たぶん真夜中だったと思う。

………

………

私は胸が苦しくて目がさめた。お決まりだけど、まるで何かが乗っているようだ。

………

………

目を開けると、私の顔を白い…。

「へんた~~~~~い!」と私は叫びながら、その顔を殴る。

………

………

思いっきり手ごたえがあって、私をのぞき込んでいた白い顔が吹っ飛んだ。

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