「ねえねえかよこちゃん、きいた?新しい社長の噂……」
会社の昼休憩、デスクで食事をしていた佳代子(かよこ)の元へ
同期入社のあゆみが話しかけてきた。
噂好きのあゆみは、いつも情報が早い。
同じ会社にいるのに、まるで違う会社の話を聞いているんじゃないかと感じるくらい
、あゆみの話を聞いてはかよこはいつも驚いていた。
………
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「何?社長?全然知らない……」
「えー、あんなに噂になってるのに……かよこちゃん、ぼーっとしてちゃだめだよ!」
「そんなに情報が早いの、あゆみだけだよ……で、何?社長変わるの?」
ショートカットに黒髪、すらりとした佳代子に、
ふわふわのセミロング、ぽっちゃりとした体型のあゆみ。
同期入社の二人は、かわいいと社内では有名人だった。
「そうそう、社長が変わるんだって、それで、息子が社長になるらしいよ!」
「え、ええ……そうなんだ……」
「で、その社長の息子がすっごくイケメンなんだって!でも、めちゃめちゃ性格が悪いらしい……」
「ええ……やだなそれ……」
まあでも、平社員の私たちは関係ないんじゃない?
そう言って笑う佳代子に、あゆみはぷくりと頬をふくらませて見せた。
「わかんないよ?もしかしたら、気に入られて秘書に任命!とかされちゃうかもよ?」
「えー、ないない、私は絶対ないって」
あるかもしれないよ~!あゆみの言葉に、佳代子は声を上げて笑った。
そんなドラマみたいなこと、あるわけがない。
話を聞いた時はそう思っていたのに、まさか、こんなことが起こるなんて……
佳代子は、広々とした部屋で、唇をかみしめた。
大きな机とソファ、それから大量の段ボール箱が積んであるその部屋は、新しい社長室だった。
今までの社長室はそのままに、別の部屋を社長室として使う……
そんな話を聞いたのは、つい昨日のことだった。
………
………
「おい、手が止まっているぞ」
「す、すみません……」
段ボール箱を開封すると、
バリバリとガムテープがはがれる音が部屋にひびいた。
中から出てくる謎の置物に、社内の重要な情報ファイル、
それらはすべて、佳代子に関係のないものだった、はずだった。
「はあ、ちゃんと働いてくれよ?これから俺の秘書になるんだから」
「はい……」
段ボールに向き合いながら、佳代子が返事をする。
逆らうことは出来ない。同じ部屋にいるこの偉そうな男は――
佳代子とほとんど同年代のこの男は、あゆみの言っていた例の、社長の息子だった。