恋のはじまり

母親から突然の告白…え!?わたしに許嫁…(前編)

さて、二人に話を戻そう。

彼女は普通の18歳。

今どきの少女らしくオシャレや恋愛をテーマにしたドラマや映画が好きなこと、軽い雑誌や小説以外の本はあまり読まないこと、甘いものが好きなこと。

可愛らしい、というのが高貴にとっての彼女だった。

彼は本と甘いものが大好きで電話の音が大嫌い。

神経質だけど意外とよく笑うこと。

それから、思っていたより優しくていい人。

だけど変わり者、それが美優にとっての彼だった。

それに仕事が好き、というのも付け加えるべきだろう。

世間一般では休日とされる土曜や日曜、そして祝日さえも少しだけと言いながら本の山に囲まれるためにいそいそと出かけて行くのだ。

表の庭に限らず裏庭や中庭に植えられた沢山のすずらんに1つ、2つ、気の早い蕾が白く輝き始める5月の頭、大きな張り出し窓から温かな日差しが差し込むこの屋敷には今日も彼の姿がない。

美優はまっすぐに居間の窓からすずらんを眺める。

「緒方さん…今日、祝日ですよね」

「はい、憲法記念日です」

「高貴は仕事ですか」

遠くを見るような目でカレンダーを眺めながらさみしげな声を出す彼女に執事は言いにくそうに口を開いた。

「美優さんが起きられる前に、打ち合わせに行かれました。6時頃には帰るとのことです」

「…この前の日曜日も、先月の祝日も仕事…でしたよね」

「はい」

今までは毎日学校に通っていて、その上時間さえ有れば友人を誘いカラオケに買い物にと出かけていた彼女にとって暇を持て余す事は初めてだった。

話し相手なら執事や使用人が居ると思っても彼らには彼らの仕事がありいつまでも彼女の側にいるわけではない。

緒方も彼女との短い会話を終えると仕事をするために居間を出て行ってしまった。

執事の仕事は多忙な家主に変わって家を管理すること、らしい。

郵便物の仕分けや帳簿付け等の事務仕事もあれば使用人への指示、庭師が来ない間の庭のメンテナンス…やらなければならないことはいくらでもあるらしい。

老いの始まりつつある体に鞭打ち中庭のすずらんの花壇の前でテキパキと働く緒方を彼女は窓から眺めていた。

「たまには、少し…出かけてみようかな」

どうせ誰も相手をしてはくれないし執事には帰ったら出かけていたと言えばいいだろうと彼女は実家から持ってきたラフな服に着替え家を出る。

食品の買い出しやちょっと銀行へ、等と言った普通の行動を全て使用人が行うこの家では外出する理由が存在しないのだから奇妙なものだ。

特に外出を禁止されているわけではないけれど何か外因的理由がないと動きにくいというのは人として普通の感覚だろう。

道すがら「今から遊ぼう!」と親しかった友人の幾人かにメールを送った彼女はあまり遠くへいく前にゾクゾクと帰ってきたその返事に打ちのめされることとなった。

春から社会人になった1人は「手当が出るから休日出勤している」

進学し大学生になった2人は「今、大学の友達と遊んでて…」「レポートが終わらない」

バイトを続けているフリーターの友人からも今から出勤だからと断りのメールが届く。

(…仕方ないよね。でも、たまには一人で歩くのも新鮮かも)

ふらりと本屋に入り、彼の好きそうな…と言ってもあまり本に明るくない彼女だからかなり当てずっぽうな見当で難しそうな背表紙の並ぶコーナーを眺める。

少し眉をしかめてまるで選んでいるかのように本を見ているとなんとなく自分が彼に近づいているような気分に浸れた。

しかしそれも束の間、彼女の足は女性向けの雑誌コーナーの前へ向かい、さらに漫画の並ぶ棚の間を泳ぐ。

気になっていたコミックの新刊を手にレジを通り、それから店を出て道の至る所に立ち並ぶ服屋の、まるでさっきまで立ち読みしていた雑誌に出てきたモデルたちのように綺麗に着飾ったマネキンを眺めながら手軽な値段のワンピースが店先に飾ってあるセレクトショップに入っていった。

淡いピンクが可愛いストロベリーアイスのワンピースとシフォンの、鮮やかなネイビーが夏にぴったりなシフォンのサロペットを手にレジに並んだ所で彼女は店員の背後の時計に目をやった。

針が6時を少しばかり過ぎている。

(時間が経つのって早いなぁ…高貴、もう帰ってるかも)

甘い物が好きな彼の為にフィナンシェとマカロンを2つずつ購入し彼女は特に焦ることもなく帰路についた。

焦っていたのは家の中に彼女が居ないことを知ってからの彼らほうで、丁度4時頃だろうか、思いの外仕事が早くに終わった男が可愛い妻

………

………

 ―まだ籍を入れていないのだから厳密には恋人― 

………

………

と一緒に食べようと買った老舗の和菓子屋で持ち帰り用のぜんざいを2つ手にしたまま誰もいない彼女の部屋の前で立ち尽くしていたのを彼の執事が見つけた。

それから使用人は大慌て。

さらに屋敷の主は何を思ったかとんでもないことを言い出してそれには執事も呆れることしかできなかった。

「…やっぱり、僕みたいな男との生活は…嫌だったんだろうなぁ」

「何をおっしゃいますか。荷物はありますから家出ではないでしょう」

「部屋を見たが財布や携帯を持ちだしている」

「普通の人であれば外出する際に持っていくものですよ」

「だけど、何も言わずに出て行ってしまった」

「………どこ行ったんでしょうねぇ」

「…どこだろうなぁ…」

彼は自分が風変わりな男だというのは重々承知だった。

偏屈で面倒で変わり者、そんな男の妻の座に誰が喜んで座りに来ようか。

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