「
「はい、
若い医師はまだ学生であろう女性患者の方へ向きながら義務的に問いかけた。
「少し怪我しちゃってぇ…あと…先生に会いたくて」
総合病院にこの春若くてかっこいい医者が新しく赴任してきた、という噂は一瞬でこの小さな町に広まった。
今まで病院なんて金の無駄だと毛嫌いしていたおばさん連中も
「目の保養になるわよ~」
「先生にあったら血圧上がっちゃうわ」
なんて言いながらせっせと通う始末。
真希の通う大学でもちょっとした話題だった。
でも私はただ鑑賞するために病院に来てるんじゃない。
………
………
………
本気なの。
初めて見たときから一目惚れだった。
ただのイケメンというだけじゃない、すっと通った鼻筋に端正な顔立ち…
…少し神経質そうな目元も真希の好みだった。
絶対に付き合いたい。
「水で洗って清潔に保っていれば治りますよ…」
こんなのでも一応患者である以上
面倒そうな素振りを隠そうともしない医師にナースも苦笑いを浮かべている。
「ね、先生…お願いがあるんですけど…」
「なんです?一応消毒でもしておきますか?」
「えっと…デートしてください」
「何言ってるんですか、しませんよ」
「噂で聞いたんですけど…先生彼女いないんでしょ?」
「はいお大事にー…次の方どうぞー」
冷たく追い返されてしまった真希が渋々後ろ手に閉めた扉の向こうからナースの笑い声が響いていたのは聞かなかった事にしよう。
軽くあしらわれた程度で諦めると思ったら大間違いなんだから…
昼はまだ暖かい日も残る初秋でも、夜はぐっと冷え込むようになってきた。
その日の仕事を終えた福山は冷たい風に肩をすぼめながら駐車場へ向かう。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です…って…え?北川さん?」
「福山先生…遅かったですね…」
「何してるんですか、こんな所で」
「先生を待ってました。もう一回デートに誘おうと思って」
真っ暗な駐車場の隅に座り込んで僅かに震えながら福山をじっと見つめる彼女は少し不気味ですらあった。
「しませんよ、デートなんて…」
「なんでよ」
「患者に手を出す趣味はない」
「ここもう病院の外だし、今は患者じゃないですもん」
下手な屁理屈をこねているのは百も承知で真希は言葉を続ける。
「一目惚れしちゃって、す…好きになっちゃったんです。付き合ってください!患者じゃなくて彼女になりたいんです!」
「こんな時間まで外にいたんじゃ親御さんが心配するだろう、帰りなさい」
福山は心底厄介そうにそれだけ言うと車に乗り込む。
「ちょっ…女の子にここまで言わせてそんな態度ひどいじゃないですか」
「君が勝手に言ってるんだろう…」
呆れた、と深くため息を吐いて福山は助手席のドアを開けた。
「送っていこう、乗りなさい」
「や、今夜は帰りたくない…」
真希が思わず入った一言に福山はブッと吹出し「それは大人の言うセリフだ」とケラケラ笑いだした。
「先生が笑った所始めてみた」
「診察中にヘラヘラ笑ってられるか」
初めて見る素の顔にキュンと胸が熱くなる。
「あの…私本気です、帰りたくない」
助手席に座ったまま上半身だけ福山の方に向けた。
ニットの上からシートベルトが押しつぶした胸がいやらしく強調される。
「お前なぁ…後悔するなら今のうちだぞ」