「ヤバイ…どうしよう。」
その言葉だけが頭の中をぐるぐると回り始めた。
慣れないお酒がまだ後を引いていて、少し体を動かしただけで忘れかけていた頭痛が蘇った。
不意にシャワーの音が止んだ。
壁の向こうで人が動いているのがわかる。
必死で記憶を辿るが全く思い出せない。
誰とホテルになんて入ってしまったんだろう…。
気が気じゃない彼女の目の前で安っぽい扉がカタ、と開いた。
「えっ…?」
「あぁ、おはよう。」
「…おはよう、ございます。」
挨拶なんてしていられる心境ではなかったが上司から挨拶されると無意識にそう返してしまっていた。
見ず知らずの人が現れると思いきや、まさかの顔見知り。
もうそれだけで、さらに佳奈子の頭を混乱させた。
呆気にとられた彼女の前で我関せずと寛ぐ男は佳奈子の直属の上司、よく知っている相手だった。
綺麗な奥さんと娘が居る35歳、仕事も出来て女子社員にも男子社員にも慕われている人望の厚い人だ。
「…課長…」
「なんだ?」
課長のいつもと変わらない様子に戸惑う。
「あの、課長、すみませんでした…私、昨夜の事覚えていなくて」
「そうか、まぁそのうち思い出すだろ…ところで時間はいいのか?」
「え…あーっ!」
ふと時計を見るとあまり余裕の無い時間。
慌ててシャワーを浴びて昨夜と同じ服を着る。