恋のはじまり

残業中のオフィスで突然の告白…

定時をすっかり過ぎた金曜日の夜ともなるとオフィスには人影がなくなる。

外から入ってくる車のクラクションと空調の唸り声、そして自分ともう一人が叩くキーボードの音だけだ。

「岡本さん、集計終わりました!」

この状況に見合わない若く元気な声が斜め向かいからかけられる。

ちらりと目を向けてそっけなくねぎらいの言葉を掛けた。

「ありがとう、ご苦労様。」

彼は24歳という若さながらよく働く子だと思う。

彼と同期で入った男性社員を見ていると尚更そう思わずにはいられない。

噂に聞いた程度だが女子社員には随分モテているらしい。

確かに可愛い顔はしているしお誘いの声も頻繁にかかっているようだ。

それなのに進んで残業するなんてね

「緒方君、もう帰っていいわよ」

この集計だって今日急いでしなくちゃいけないものでもなかったでしょう?とモニターを見つめながら相変わらず愛想の無い声色で言う。

しかし彼は突っ立ったまま黙ってこちらを見ているだけで、支度をする素振りすら見せなかった。

不思議に思い顔を上げると、彼は斜め下を見ながら口を開いた。

「あの、岡本さんは、まだ帰りませんか?」

「私は今の作業を終えてから帰ります」

「…どの位かかりますか?」

「20分位よ、守衛さんにはもう伝えてあるし鍵は預かってるから気にしなくていいわ」

「頑張りますね」

「仕事だからね」

浮いた話のない、いわゆる「干物女」の私にも彼がなぜ女子社員に人気なのかは理解できる。

今どきの若手俳優のような可愛さのある顔立ち、仕事もできる、それに人当たりの良さ。

(最近の若い子がいかにも好みそうな感じよね)

私はといえば顔も体も並以下で男性経験なんて随分昔に僅かな期間、変な男に振り回されただけの29歳。

彼と違って異性にモテたことなんてない典型的な非モテ女。

唯一の長所は少し仕事が出来る程度だ。

「かっこいいですね、出来る女!って感じで」

「あら、ありがとう」とそっけない返事をして私は再びキーボードを叩く。

「俺、岡本さんみたいな人好きなんです」

「そう」

「というか、岡本さんが好きです」

「私、好かれる要素ないわよ」

顔も身体も並み以下、愛想も悪い年上女に軽々しく “好き” だなんて言う彼に、すこし白い目を向けた。

「愛想が良いのは結構だけどね、好きだなんて言った相手がもし私じゃなければ勘違いして浮かれるわよ」

「愛想とかじゃないです」

嫌いだったらわざわざ残業してまで二人きりになろうとかしません、と彼は恥ずかしそうに言った。

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