「ねえ、今日の夜ごはんはビーフシチューでどう?久しぶりに腕ふるっちゃうよ♪」
「いいね、俺かすみの作ってくれるやつ、めちゃめちゃ好き!」
嬉しそうにほほえんだ喜一(きいち)の表情につられて、
かすみもにこりとほほ笑んだ。
付き合って半年の喜一は、証券会社につとめている営業マンだ。
平日は仕事が忙しく、こうして休みに会えることも多くはない。
だから今週は、久しぶりに金曜日の夜から喜一と過ごすことができる貴重な週末だった。
窓の外はあいにくの雨だったが、二人きりでゆっくり時間を過ごすことが出来るというのも悪くない。
たっぷり朝寝坊をして、今は10時をいくばくか過ぎたところだった。
夕食の材料は平日に前もって準備してあったから、
本当に今日と明日は、喜一とゆっくり過ごすことができる。
「ね、今日は何しようか?」
「おれ、あれ持ってきたよ。かすみが見たいって言ってたやつ」
「えっあの映画?借りてきてくれたの?嬉しい!ありがとう!」
会社からそのままかすみのアパートにやってきたというのに、
喜一は仕事カバンから何やら荷物をごそごそと取り出し、かすみに手渡した。
Blu-rayが入ったその袋は、喜一の家の近くのレンタルショップのものだ。
わざわざ準備してくれたのが嬉しくて、かすみはうふふ、と笑った。
「じゃあ、これ見よっか」
「そうしよう」
評判になっていた映画だが、喜一が仕事で忙しく見に行けなかったのだ。
それがこんな形で一緒に見ることが出来て、かすみは嬉しくて仕方がない。
ディスクをかすみがセットしている間に、喜一は再びベッドへと戻っていた。
一人暮らしのワンルームアパートは、ベッドと机、
それにこまごまとした物ですぐに埋まってしまう狭い空間だ。
ベッドの対面にテレビが置いてあって、
寝ころんだままでも見ることが出来る位置に設置してある。
「ほら、おいで」
「だらだらしすぎじゃない?」
「休みなんだからいいの、ほら」
手を広げた喜一の元へ、かすみも言われたままにもぐりこむ。
二人ともまだ寝ていた時の服のままで、薄い布団に潜ってしまえば
またすぐにでも寝れてしまいそうなくらいリラックス出来た。
喜一が腕枕をするために腕を伸ばしてくれる。
かすみは、喜一のたくましい腕に頭を乗せてテレビの方に身体を向けた。
かすみの後ろから、喜一もテレビが見えるように体勢を調整する。
リモコンの再生ボタンを押すと、画面の中で映画の広告が流れ始める。
温かい喜一の身体に後ろから抱きしめられながら見る映画は格別だった。
映画はうわさ通りとても面白く、かすみは夢中になって画面を見つめていた。
時折喜一からぎゅう、と抱きしめられて、腹に手が回される。
その手を上からそっと触れると、きゅう、と指を絡めてくるのがいとおしかった。