万一の事を考えて出入口からは死角になる大きな岩の裏に陽菜はいた。
能天気な者であればわざわざ岩の裏に回ってこないはずだが、脱衣所のカゴに入った衣服を見た者は陽菜の位置を確認したくなるのが普通だ。
陽菜は相手の性別と人数を知りたいと思ったが下手に動いてバレるような事はしたくなかった。
冷静になろうとしたら、桶やシャワーを荒々しく使用する音が聞こえてきた。
自然に考えれば男性で、人数も1人だけだろう。
髪を洗っているような物音がするので用心深く陽菜は覗いてみた。
「最悪…」
やはり男だった、細身で若そうな男の背中だった。
ただの一般客や近視で視界不良の人だったらまだ良いが、眼の良い同級生や教師だったら最悪だ。
洗髪中の今が最も逃げやすいので、意を決して腰を上げようとした時だった。
男はスッと立ち上がり身体ごと振り返る素振りを見せた。
「嘘でしょ…」
ゴシゴシと洗う音は継続した。
どうやら男は風呂のある方、景観を眺めながら身体を洗っているようだった。
髪が短いせいか洗髪も終了したようで、陽菜は湯から上がりづらい状況になってしまった。
そしてとうとう足音がこちらへ近づいてきた。
注意深い者なら現時点で陽菜の存在に気付いているだろう。
ちゃぷんと湯が音を立てる。
どうかそのまま留まっていて欲しいと陽菜は強く願ったが、その音は継続した。
「誰? え、女の子?」
聞き覚えのある声に反応して陽菜は顔を上げた。
途中だらしなくぶら下がったモノが陽菜の視界に入って口が塞がらなくなってしまった。
「あ。見た事ある! えっと…」
「そっち向くか隠してっ」
陽菜は身体を丸めながら声を上げた。
「1組の乗田でしょ」