「そうですけど早くどうにかして下さいっ」
結局男は陽菜の方を向いたまま胸まで湯に浸かっただけで、その場を離れようとしなかった。
男は、引率の体育教師である
26歳で、端正な顔立ちとスタイルとノリの良さで男女問わず人気のある教師。
「入るの禁止って聞いてなかったの? そんなに入りたかったんだ」
「どうしても気になって…」
「男と会う約束でもしてたの?」
「そ、そんな相手いません。 私出るんでそっち向いててもらえませんか」
思いも寄らない質問に陽菜の顔は火照った。
「良いじゃん。俺来てからゆっくりできてないでしょ? 見ないからさ、ゆっくり気持ち良く入ろうよ」
「やっ」
陽菜が逃げてしまわないように諒は手を伸ばして陽菜の肩を掴んだ。
「触らないでっ。他の先生に言いつけますよ」
「ごめんごめん。変な意味じゃないから。一応教師だし、しかも保健体育だから慣れてるっていうかそういう目で人の身体を見ようなんて思わないから」
「分かりました」
「ねえ、ちょっと離れてる方が全体像見えるじゃん? 横並びの方が見えないからそっち行かせてよ」
返事を待たずに諒は陽菜と肩を並べた。
男性としての言葉は信じられないが、教師としての言葉を陽菜は信じた。
陽菜はチラリと諒の方を見ると信じられないほど艶めかしい横顔と男っぽい首筋や肩がそこにあり、不覚にも目が離せなくなった。
「気持ちいいね」
「…ですね。あの…ここにいた事、後で怒られますか」
「しないよ。馬鹿騒ぎしてるわけじゃないし」
それから数分間、2人は特に言葉を交わさなかった。
変化といえば諒がじわじわと陽菜に距離を詰めていた。
「先生…近くないですか? そんな真横にいました?」
「乗田が寄ってきたんじゃないの?」
15分近く湯に浸かっている陽菜はのぼせてぼんやりしているせいか、諒の言葉を真に受けた。
「もっとこっちに来なよ。ほら」
「え…」