「今日午後から会議かあ……準備しないと……」
松岡美奈子(まつおか みなこ)は、重い腰をゆっくりと上げて椅子から立ち上がった。
仕事を始めて三年、地元の中小企業という規模のこの会社は、よく言えばおだやか、悪く言えば退屈な環境だった。
新人も毎年一人か二人、美奈子の下にはまだ一人も後輩はいない。
だから、三年目でも会議の準備や雑用は美奈子に回ってきてしまうのだ。
………
………
「私に関係ない会議の準備なのに……めんどくさあ……」
午後一からの会議のためには、昼休み中に準備をしなければならない――
小さな不満が少しずつ溜まってきているのを美奈子は感じていた。
もうこの会社を辞めてしまうのも、時間の問題かもしれない……一人でため息をつきながら、美奈子は会議室の扉を開いた。
まるで学校の会議室ように、長机が並んでいる無機質な空間だ。
空気がひんやりとしていて、美奈子はここがあまり好きではない。
昼休みには誰もいないから、一人で過ごしたい時には穴場なのだが……用事がある時以外は近寄らない場所だった。
準備した資料を椅子のある場所にバサバサと並べていく。
ペットボトルのお茶も配置したら、会議の準備は完了だ。
せっかくだから少し休憩でもしていこう……とイスに腰かけた、その時だった。
「――あぁっ……」
微かだが、人の声が聞こえたような気がした。
この部屋からではない、少しくぐもった声――
(お化け……とか……?)
普通に話している人間の声とは思えなくて、一瞬そんなことを考えてしまった。
「はっ……ぁ……あ、ぁ……っ」
しかし、シンとした空間にやはり微かに人の声が聞こえてくる。
おそらくお化けではなく、ちゃんとした人間の声だ。
「そこっ……はぁあんっ、あっ、あ……」
耳が慣れてきたのか、その声が段々はっきりと聞こえてくる。
それは、女性の声だった。途切れ途切れの声は吐息交じりで、苦しそうにも聞こえる。
しかし時折聞こえてくる声色は甘く、鳴いているような響きを持っていた。
この会議室は、隣には資料倉庫のような狭いスペースがある。
いくつも本棚が並んでいて、そこにはいつ使うのだろう?
と不思議になってしまうような古い資料が山積みになっているのだ。
もちろん、人はほとんど来ない。
たまに暇な時に美奈子が掃除をするのだが、毎回ほこりが溜まっている場所だった。
どうやら資料倉庫につながる扉から、その声は聞こえてくる。
美奈子はドキドキしながら、その扉へと近づいた。
足音を立てないようにそっと近づき、今時珍しい横開きの扉を少しだけ、横に引く。
一センチほどの隙間から中をのぞくと――
美奈子が想像していた通りの光景がそこにはあった。