恋のはじまり

忘れられなかった人

 久々に顔を合わす旧友たちに紛れて

「久しぶり、元気してた?」

くらいの挨拶から始まり

「結婚したんだね、おめでとう」

という締めくくりができればミッションコンプリートと思っていたのだが――

現実は甘くない。

 石倉の周囲には生ぬるい挨拶を許さないような威圧感があって、

男子たちが「石倉、顔怖ぇーよ」といじる。 

「あぁ? 別に普通だろ」

「全然普通じゃねぇって! なんか粗暴そぼうを絵にかいたように成長したな」

「喧嘩売ってんなら買うぞコラ」

「ヤンキーかよ!」

 学生時代のノリとアルコールの力で多少和らいだが……

男同士特有の空気が作られてしまった今。というか、開始二時間が経過した今。

どう考えても「久しぶりぃ~」なんて間抜けな挨拶ができる最高のタイミングを外してしまった。

 当然、そうこうしているうちに時間は過ぎるわけで。

「さて、宴もたけなわではございますが、
ここで一度締めましょうか。二次会行く人はご勝手にー」

 そもそもが雑な集まりだけあって、あっという間に解散になってしまった。

(ど、どーしよ……)

 私は幹事にしれっとした顔でお金を払った一方、かなり焦っていた。

(話しかける? 今更? どのタイミングで? 
てか男性陣二次会カラオケとか言ってたよな……
ついてくか? 無理無理無理! 
そもそも話したからって縁切りになるわけでもないし……
いや、そうやってうだうだしているうちに大人になっちゃったんじゃん……)

 話題を考える必要もなく。

 空気みたいに当たり前にそばにいられて。

 どうでもいいことに笑い合うことができた。

 そんな彼と、当たり前のように仲が良かったのはいつまでだった?

 焼き肉屋を出たところで、みんな散り散りになり始めた時。

「おい」

 ぐい、っと誰かが私の手を引いた。

「ちょっと付き合え」

 遠慮のない力で。

 返事も聞かずに私を暗がりへと引っ張っていく。

「ちょっ……! 急に何!」

「うるせぇな。急でもねぇだろ。ずっとこっちをちらちら見やがって」

 人の話なんていつも聞かない。

無遠慮ぶえんりょ不躾ぶしつけで強引な彼、石倉縁は私の手を放さない。

「……話、あるんだろ」

 隣を歩いてくれない彼の顔を見ることはできない。

 いや、きっと顔を合わせたって、

何が言いたいのかなんて察することはできない。

 仲が良かった数年間を埋めるように、それくらい長い年月。

私達はこじれてしまったから。

「……」

 それでも。

 ただ犬のように手を引っ張られているだけなのに。

 少しだけ、あの頃の距離が戻ったような気がして、私の胸が切なくときめいた。

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