恋のはじまり

忘れられなかった人

 野郎の家に私がいるときに乗り込んできた彼女は

「こっちは妊娠してんだぞ!」と怒鳴り散らし、

危うく殺されるかというくらいの修羅場となったわけで……

そんな相手と婚約が存続するわけがなく。

 まわりまわってその噂が職場にも蔓延したせいで

「春野さん、よかったらリフレッシュ休暇取る?」

と、ありがた迷惑なようで、おそらくは気を遣うのも使いづらいから休んでくれよ、

という上司の打診をありがたく頂戴することとしたわけだ。

 リフレッシュ休暇、という名前の有休消化――行先が帰省、という事実は割と泣ける。

「ぶっちゃけ、結婚しろと言われたから
『生理的に無理じゃない相手』を選んだだけってところも十二分にあるし、
まぁ普通に引きずらない程度の相手だったと思うよ」

「めちゃ他人事なんだけど……。
私、別にお姉ちゃんに焦って結婚してほしいわけじゃないけどさぁ、
なんかもったいない気がしちゃうんだよね。
お姉、十分美人なのに自己評価めちゃ低いの、なんか卑屈ひくつに見えてムカつくし」

 こう言われると……笑って返すしかない。

 けれど、私の自己評価が低くなった原因は自分だけのせいではないのだとも言いたくなる。

 そして、実は今日。

その諸悪の根源とも言うべき人物と顔を合わせる予定でもあった。

「そういや、お姉なんで急に帰省したの?」

「あー、うん実は今日、プチ同窓会なんだよね」

 占い師の声が反芻はんすうする。

『あなたは後悔している恋があるようですね。諦めたつもりでも、心は嘘をつけませんよ』

 傷に塩を塗る趣味はない。

 でも、なんとなく『過去を清算するいい機会』だと思ってしまった。

だから今日、当初さらさら行く気もなかったそれに望むことにしたのだ。
………

………

………

 近所の焼き肉屋で行われた高校の同窓会は

大半が小学、中学も一緒だったメンバーになりがちで、

LINEで連絡が届いたときには十五人くらいと聞いていたのに

あれよあれよと三十人近く集まってしまった。

「香澄、久しぶりー! 飲んでるぅ?」

「久しぶりー……ってもう、このやり取り今日三回目だからね? めちゃ酔ってるじゃん」

 いくら飲んでも酔わない体質の私は同級生たちがばたばたと酔いつぶれていくのを眺めながら『奴』にちらりと視線をやる。

 ――いるとは聞いて来たけど……

てか、あいつそもそも同窓会に来るようなキャラじゃないくせに良く来たな……。

『奴』、そして、私の悪縁の相手――石倉縁いしくらえにし

 幼馴染の彼とは嘗て親友であった、と思う。

現在はこのとおり、こじれにこじれてこじれまくって、

隣のテーブルにいるのに視線を交わすことすらできない。

(うーわー……どうしよ。
とりあえず会えばなんとかなると思った私がバカだった……
マジで話題なんかないんだけど……
てか、悪縁断ち切りって具体的になにすりゃいいんだろ……)

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