恋のはじまり

年下男子の可愛くない逆襲

妙齢の未婚の女性というだけで、戦犯せんぱんのように扱われる。

 時代錯誤もはなはだしい風習が現代にも生きているなんて、今すれ違った誰にも想像できないんじゃないか。

と、私、英恵はなえは思考を巡らす。

 週末の新幹線は終電だというのに人出が多い。

キオスクで買っておいた缶ビールをあおろうにも、

家族連れを見るとなんとなく気が引けた。

「……あー、もう」

 よせばいいのに、手持ち無沙汰になると余計なことを思い出すのは性分だ。

 数時間前まで滞在していた生家での会話は、私の心を着実にむしばんでいる。
………

………
 東京から新幹線と在来線を乗りついて四時間。

その気になれば帰省は難しくない距離に私の実家はある。

 そこまで激務でもない私が、

ここ数年盆正月ですら顔を見せないことに両親が責められているのは知っていた。

 その両親も、近所の目がどうこうとか、

いつこっちに帰ってくるんだとか、

早く結婚して子供を産めだとか、

飽きもせず念仏のように唱えて来るであろうことも。

(予想の三倍くらい言われたなぁ。ステレオタイプの『結婚はまだか』)

 もはや苦笑するしかない。

 相手……伴侶となる男性を仮に見つけたところで、

あの片田舎で夫婦そろって転職活動など不可能に近い。

跡継ぎのいない親戚の農家に雇われろと遠まわしに言っている。

 もしくは……

(あの田舎で見合いしろってことなんだろうな)

 それとなく、両親や親戚から「いい人がいるんだけれど」と打診があったのは五年も前の話。

 何度も「その気はない」と言っているのに、

「いつまで待たせるんだ。非常識にも程がある」

と怒鳴られたのが三年前。

現在は「たいして美人でもないくせに、お高く留まりやがって」と悪態をつかれるに至った。

 近所ですれ違いざまに、道路に唾とそのセリフを吐いた中年が、

親戚の言う「いい人」であったと知ったのは昨日の話だったりする。

(あー……ホント行かなきゃよかった)

 祖母の法事のため帰省した田舎の

いつまでたっても変わらなすぎる価値観はまるで異世界に思えた。

 戦闘服と言わんばかりに足を突っ込んだパンプスの指先が痛い。

血液を滞らせるように締め付ける着足ストッキングも、

滅多に着る機会のなかった喪服も、

許されるなら今この場で全て脱ぎ捨てたい。

 祖母をしのぶのもそっちのけに

お酌を要求する年配者のからみ酒にブチギレなかった自分は相当偉い、はず。

 ――まぁ結局、ストレスのキャパシティが決壊して勝手に帰ってきているんだけどさ。

 携帯電話の着信がうるさくて、随分前にマナーモードに設定した。

しばらくぶりに静かになったケータイを起動させてみる。

信じられない件数の履歴を思わずスクショした。
………

………
「それ、どうするの」

「やばすぎるからSNSにでもアップしてみようかな、なんて……て」

 頭上から降りかかった声に目を見開いた。

そこには、見知った顔があったから。

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