学生もの

冷たい月光

八時限目の授業が終わって自分の教員室へ戻り、授業で使うパソコンやケーブル、クラス名簿やプリントなどの入った青色の手提げ鞄を応接用のテーブルに無雑作に置くと、その場でぐいっと両腕を上にして「うぅっー!」と声を出しながら身体を伸ばした。

力を抜くと、今まで力無く淀んでいた血液が、山峡を流れる清冽な水のように清らかに、勢いよく身体の隅々を流れるのを感じた。

夏希なつきは貧血気味で、少しばかりクラクラして視界が真っ暗になったが、暫くそのままの姿勢でいると段々と頭がはっきりして来た。

大きな学校のパソコンが据えられた仕事机にあてがわれた椅子に腰掛けた。

去年の春、夏希は英語教師として、A高専に赴任した。

この学校には夏希のような若く美しい女性は学生課のある事務員を除いて一人も居なかった。

このような事を書くのは誠に失礼であるけれども、A高専の女教師は皆既に四十路を超えるオバサンであり、しかも毎日の如く大量の課題の提出を要求し、まるで学生らを苛め苦しめる為だけに作られたような定期テストを受けさせ、もしそれに反抗しようものなら”留年”という言葉を使って脅迫する。

それに比べれば、お世辞にも授業が上手いとは言えない夏希でも、学生から、特に男子学生から天使の如く崇められるのは当たり前の事であった。

子供のような円く大きく綺麗な目、シュッと筋の通った鼻、ほんのり桃色がかったふっくらとした頬、薄く紅を塗られた艶めかしい唇、そしてそれらを覆う皮膚は、秋の冴え冴えとした夜空に輝く月光のように白く澄み切っていた。

また、いつもは長い髪の毛が肩にかかっているのが、夏の暑い時分になるとそれを後ろに一つ所にまとめてしまうのだか、それによって露わになった、汗で美しい白い首筋や鎖骨辺りの胸元から醸し出される妖艶な情感が、益々男子学生の心を惑わした。

夏希は椅子に座って休んでいると、不図、自分の初体験の出来事を思い出した。

相手は幼馴染で彼氏であった健人けんとであった。

高校三年生の夏休み、大学受験に向けて毎日勉強に励んでいた夏希は突然健人から電話で家に来るよう呼び出された。

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