恋のはじまり

ハッピーチョコレート

一月も後半に差し掛かれば、街を彩るバレンタイン。

彼氏がいるとかいないとか、誰かにあげる予定があるとかないとか……そういうのは関係なしに、私、莉乃はこのシーズンがわりと好きだったりする。

と、いうのも……単純に私がチョコレートが大好きだから。

「むふふー……今年はどうしようかなぁ……」

最近はスマホで情報収集するのがルーティーンになっていて、バイトの休憩中である今も、こうして癒しの一環になっている。

コンビニの新商品からデパートの特設展示はもちろん、各専門店の限定品もチェック。

「んー……ファミレスの限定メニューもチェックしたいところだけど……チェックしちゃったら絶対行っちゃうもんなぁ……」

制服の上からそっと下腹を撫で……「それはまずい」と頭の中で警鐘が鳴る。

というのも、私のアルバイト先はカフェ系のファミレス。

本社から送られてきたレシピ通りに作ったスイーツを既に制覇しており……これを他店でもやるとなると財布は赤字で体重は増加の一途間違いなしだ。

――定番の生チョコからチョコケーキ、クッキー、マカロン、アイス、シェイク、パフェ、パンケーキ、パン・オ・ショコラ……あぁなんて罪深い……。

たまたま開いたサイトが私好みのプラリネで、表情筋が緩み切っていた時だ。

「へー。お前もそういうの興味あるんだ」

頭上から舌打ちの一つもされそうな……揶揄っぽいような声がする。

「……別にいいじゃん。休憩中だしぃー」

背後に立っていたのは伏見勇吾ふしみゆうご

ひょろりと背の高い彼とは中学からの腐れ縁。

そんなに接点もなかったはずだけれど、なんやかんや大学のゼミからバイト先まで一緒である。

「ぶっちゃけ高級チョコレートって美味い?市販のチョコで十分じゃね?」

伏見という男は野暮というわけじゃないのだけれど、ああ言えばこう返す奴だ。

素直じゃないというか、可愛くない。

「美味しいよ!普段じゃ絶対買わないような値段のやつでも一年に一回ならーって踏み切れるし!」

「で、買うのは一個なわけ?」

「それは財布と要相談?」

はっと鼻で笑われる。

馬鹿にする気満々のくせに、私の向かいに座るのはなんなんだろう。

「つか一年に一回ならとか言っときながら、バレンタイン限定メニュー軒並み食ってんじゃん」

「それは仕事の一環ですー。高級チョコの包装紙からビジュアルまで楽しむのが好きなの!」

「へーへーそうですか。……で、誰かに渡す予定は?」

その表情はうすら笑っていて……

「どうせないんだろ?」と、あからさまに物語っている。

「あ……る」

「は?」

「あるよ。あげる予定」

その回答が伏見にとってどれほど衝撃だったのか、想像したくもないけれど、彼はそこでフリーズした。

「マジで言ってる?」

確認に対して一応頷く。

ない。ホントは、みじんもない。

そんな相手はいたこともない。

なんていうか、完全に売り言葉に買い言葉。

「へ、へぇー……彼氏いない歴イコール年齢のお前についに終止符?」

「ふ、伏見に関係ないし!あぁ!てかもう休憩終わっちゃう!じゃあ、先戻るから!」

なんとなく気まずくて私は休憩室を後にする。

そういえば、結構長い時間、伏見と一緒にいることが多いのに、奴と恋バナってしたことがない。

彼女いないのー?なんて弄られている現場に通りかかったとき、なんか私に聞かれたくなさそうだったもんなぁ。

ぶっちゃけ伏見以外に仲が良いと言える異性がいないので、私には男女間の友情がよくわからない。

「まぁ、とりあえず今は仕事仕事!」

ランチタイムが過ぎたとはいえ、カフェタイムもなかなか忙しい。

私は邪念を振り払いホールへと向かった。

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