マニアック

ゆきずりのハチさん

毎週金曜日、夜8時。

1分違わず、ピッタリにインターホンの音が鳴る。

インターホンの音が鳴ると、私は部屋の中でオートロックを解除する。

5分ほど待ってると、玄関の扉が開いて1人の男性が入ってくる。

これといった特徴のない男性。

年齢は20代後半か30代前半くらいか?身長は高くも低くもない。

特別イケメンじゃないし、だからといって不細工というわけでもない。

どこにでもいそうな男性。

私はこの人の名前を知らない。

私はこの人がどこに住んでいて、どこで働いているのかも知らない。

「冷蔵庫借りるよ?」

リビングのソファに座ったままの私に、彼はそう声をかけてきた。

声にも特徴はない。

「うん」

私はテレビの画面から目を離さずに返した。

今日のおみやげは何だろう?

彼はいつの間にか私の好きなものをいくつも覚えていて、毎回私の好きな何かをおみやげに持ってきてくれる。

「センちゃん、何を見てるんだ?」

「この前見逃したドラマの録画だよ、ハチさん」

私の側に来て尋ねる彼に、私はそう返した。

彼は私の名前を知らない。

彼が私を「センちゃん」と呼ぶのは、私達が出会ったのが線路を跨ぐ陸橋の上だったからだ。

私は彼を「ハチさん」と呼ぶ。彼がいつも夜8時ぴったりに訪れるから。

ドラマは期待したほどおもしろくなかった。

だけど、ハチさんとドラマの批評や感想を言い合うのはおもしろい。

ハチさんといると楽しい。

ハチさんの正体を知ってしまえば、私達はもう会うことはできないかもしれない。

だから、あえてハチさんのことを聞かない。

ハチさんも私を知ろうとはしない。

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