車内が温まるまでの時間。いや、暖房がついてからも、翼は一向に発車させようとはしなくて、私は冷え切った手をこすり合わせる。
「使え」
翼は後部座席から水色の何かを私の膝に置く。
それは、見覚えのあるマフラーだった。
「これ……」
――まだ持っていたの?
――一〇年以上経っているのに?
毛玉の一切ないそれは、使われた形跡なんてない。
「……よく見ろ」
疑問符を浮かべながら広げてみると、それは私がプレゼントしたものではなかった。
「……お前があの時持ち帰らなかったやつ」
――そうだ。
あの時も、その場から離れたいがあまり、電話で呼び出されたふりをして帰ったんだ。
この水色のマフラーを持ち続ける限り、「お揃い」と言われる気がして、わざとその場に置いて行った。
――でも、どうしてここに……?
翼が私が持ち帰らなかったプレゼントをわざわざ回収した?
どうして?
ふと、一つの可能性に行き着く。
「これ、翼が用意したものだったの?」
「……お前、気付いてなかったのかよ」
はぁーと深いため息をつき、ハンドルを抱きかかえるようにしたまま、じとっと睨まれる。
「……お前が、俺と同じようなもの準備しているとは思わなかったんだよ。あんとき」
「あ、そりゃまぁ、私もだけど」
「……悪かった。クソガキだったから、ほかに言いようもなかった」
彼は私の方へ手を伸ばし……こすり合わせても冷たいままの手を握る。
「あのとき、いろいろ小細工して、お前のプレゼントが俺に回ってくるようにしてた。……お前の方に何が行くかまでは考えてなかったけど」
何を、言われているのかわからなくて、言葉を失う。
沈黙に耐えきれなかったのは彼の方だ。
「謝りたかったし、お前と普通になりたかったのに……結局連絡先も交換できないまま高校はバラバラになっちまって……そのくせずっと、それだけは処分できなかった。――
「私からの、プレゼントが欲しかったのは、なんで?」
「……ほかの奴に渡したくなかった。ずっと
「……私のこと、可愛くないって言ってたくせに」
「本心で思ったことなんて一度もねぇよ……今だって」
ぐっと、肩を引き寄せられれば。
はじめて、ちゃんと視線がぶつかった。
「なぁ……これまでのことは許さなくていいから、これからの俺に、チャンスをくれないか?」
「ちゃ、チャンスって……」
「
翼と、仲の良い幼馴染でいられたのは、保育所で出会ってから中学生までのおおよそ十年。こじれて、離れていた期間のほうがよっぽど長い。
それなのに、翼の隣で無邪気でいられたころの心地よさを、昨日のことのように思い出せる自分がいる。
「頭……追い付かないよ……」
おそらく赤面しているであろう顔を隠す。
だって、本当は、ずっと仲直りしたいと思い続けていたのは、
「わ、私……小さいころの翼のことは好きだったけど……今は、わかんない……」
「むしろガキの頃ひっくるめて虫唾が走るとか言われなくてよかったわ」
「言うわけないじゃん……私、翼が初恋だったし……」
――あぁ、なんでこんな言わなくてもいいことまで言っちゃうんだろ……。
恥ずかしいけれど、手を握られたままじゃ逃げられなくて。
そのまま肩を引き寄せられ、抱きしめられた。
「……すげぇ嬉しい」
体の隙間なんてなくなるくらい、心臓が密着する。
自分のそれよりも暴れている翼のそれが、嘘なんてついていないことを証明していた。
「……俺の家、来てくれるか?このまま別れたくない」
耳元で囁かれたとき、背筋がぞくぞくと震える。
ついていけばどうなるのか、わからないほど初心じゃない。
それでも、私は頷く。
このまま離れてしまったら。
一人で朝を迎えたら。
全部都合の良い夢で終わってしまう。
そんな気がしたから。