健人の家は夏希の家から大体十分程で行ける距離にあった。夏希はとりあえず鞄に勉強道具を入れて直ぐに家を出た。
「今父さんも母さんも家にいないからさ、今直ぐに俺の家に来てくれ、何でかは夏希が来てから話すよ」
そんな事を早口に行ってしまうと電話は切れた。
夏希は自転車に乗りながらぼんやりと、自分に待ち焦がれている健人の心持ちを思った。
何を目的に自分を呼ぶのか何となくわかってしまったような気がして、途端に心臓が激しく脈を打ちはじめた。
そして何だか恥ずかしくなった。
やっぱり行くのはやめようかしら?そんな事を思ったりして気づくと目的地の直ぐ目の前に来ていた。
チャイムを鳴らしてドアが開くと健人が顔を出し、挨拶する暇もなく腕を引っ張られて半ば強引に家に入れられた。
健人の部屋は二階にあった。
そこまで行くのに二人は自然と手を繋ぎながら何一つ言葉を交わさず、各々が緊張しながら歩いていた。
握る手には汗が流れていた。
中に入ると懐かしい景色が広がっていた。
夏希は入って直ぐ左にあるベッドを見た。
中学生になるまでベッドを買ってもらえず、健人の家に遊びに来た時は必ずこのベッドに腰掛けてぴょんぴょん跳ねたりしてその度に羨ましく思っていた。
右には机があった。
やりかけの数学の問題集とノートが置かれていた。
その奥の、壁と壁の接続する角の所にすっぽりと
真正面には比較的大きめの窓があり、日が暮れると夕焼けの美しい明かりが赤々と差し込んで来る。
夏希はそれが、今までの二人の楽しかった時間を一瞬にして奪ってしまうような気がして、子供ながらに一種の寂しさを感じたのだった。
健人はベッドに腰掛けると、何も言わず俯向いて黙っていた。
夏希は鞄を適当にそこらに置いてしまって健人の横に腰掛けた。
「どうしたの?何か直ぐに来いって言ってたけど」
「え、あぁ、まぁ」
「私も健人も勉強しなきゃいけないんだからさ、試験までそんなに時間あるわけじゃないし、用が無いんだったら私帰るよ?」
夏希は “わざと” 腰を上げて部屋を出ようとした。
健人はそれを慌てた様子で何かブツブツ言って引き留めた。
二人はまたもとの場所に座るなりだんまりしてしまった。
外から子供の声が聞こえてくる。
三日程前から雨が振り続けて昨晩やっとやんだのが、今日は朝から風もなく蒸し暑かった。
「夏希はどこの大学行くの?」
健人が静寂を破るようにして聞いた。
「私は○○大学だけど」
「そうか」
「健人は?」
「俺は△△大学に行こうと思ってる」
「ふーん、東京かぁ、結構有名だよね」
「まぁそうなのかな」
「話はこれだけ?」
「いや、違う」
健人は眉間に
そして何か決心したように勢いよく顔を上げると夏希の大きな目をじっと見つめながらこう言った。
「俺とエッチしてくれないか?」