「ごめん、待った?」
駅に着くと、アキ、
そういえば、彼と待ち合わせた時はいつも先についていたな、ということを思い出した。
「ううん、全然」
そして、決まってこうやって答えていた。
いつも待ってくれている彼よりも早く着こう、と思って家を早く出たこともあったけれど、なぜかいつも彼の方が先についていた。
「じゃあ、行こうか」
彼は口角を上げながらも、歯を見せない少し独特な表情で微笑んで、歩き始めた。
彼のこの微笑みは、十年前から変わっていなかった。
「二人で食事なんて、本当に十年ぶりだね」
「そうだね」
私が彼の横に並ぶと、彼は話を始めた。
「まさか、ご飯に行こうって言った次の日に行けるなんて思ってもなかったな」
「たしかに。びっくりだよね」
本当にそれはびっくりだった。
彼の言った「今度」はすぐにやってきた。
ちょうど予定があったのが同窓会の翌日、つまり今日だったのだ。
「ハルはこっちに戻ってきたんだね」
「うん。離婚したのと合わせて転職してさ」
「そうなんだ」
「アキはずっとこっちで働いてるんだよね?」
「うん。実家からは離れて一人暮らししてるけどね」
「そっか」
ぽつりぽつりと言葉数が増えていく。
少しずつ、私たちは十年前の感覚を取り戻していくような気持ちで、言葉を交わした。
彼と私は、高校生のころ付き合っていた。
二年生の夏ごろから、卒業まで。
別れたきっかけは進学だった。
私が地方の大学へ進学したからだ。
そのころの私たちは、その物理的な距離に、とても耐えられる気がしなかった。
会えない距離ではなかったと思う。
でも、高校生にとってその距離は、海を越えるよりも遠い距離に思えたのだ。
だから、私たちは別れた。
好きなのに、会えないのがつらいから。
今思えば、とても子供っぽい理由だな、と笑ってしまいそうになる。
けれどそのころの私たちは真剣に、そう思っていたのだ。
それから私たちは、一度も連絡を取り合うことはなかった。
成人式にも出なかったし、言葉を交わしたのは本当に昨日が十年ぶりだった。
「ここで食事にしようか」
「うん」
彼が紹介してくれたのは、とてもおしゃれなイタリアンレストランだった。
ランチにはちょうどいい価格帯と、ちょうどいいメニュー。
昔と変わらない彼らしい気遣いで、私は少し感動してしまった。
彼はいい意味で、あまり変わっていないらしい。
「アキ、変わってないね」
「そうかな?自分のことは分からないや」
彼はそういって、またあの微笑みを浮かべていた。
「はいろっか」
彼はドアを開けて、私を先に通してくれた。
こういう気遣いも、昔からやはり変わっていなかった。
お昼時から少し時間がずれていたからか、待つことなくすぐに席へ案内された。
店内も落ち着いた雰囲気で、周りを見回してみると、私たちくらいの年代の人がほとんどだった。
皮張りのきっちりとしたメニューを一人に一つずつ渡して、店員はすぐに下がっていった。
「いいお店でしょ?」
「うん、趣味がいい」
「嬉しいよ。味もいいから、期待してて」
私が店を褒めると、彼は嬉しそうにそう言った。
私たちはそれからすぐに食べるものを決めて注文した。
そういえば二人とも、あまりこういうのでは悩まない方だったな。
「ねぇ、ハル」
その話の始まりは、唐突だった。
「ん?」
「どうして離婚したの?」
私は、水を一口だけ飲んでから言った。
………
………
………
「忘れられなかったから」
………
沈黙。
………
彼が、何が忘れられなかったのか、と聞くに聞けず戸惑っているのは、手に取るようにわかった。
だからこそ、私は何も言わなかった。
私は十年前より、いじわるになっているかもしれない。