彼女は、僕が聞くに聞けず困っていることが分かっている、それは分かった。
だから僕は、ちゃんと聞くことにした。
「何が、忘れられなかったの?」
「もちろん、アキのことだよ」
「本当に?」
「本当だよ」
彼女がそう言うのを見計らっていたのかは知らないけれど、ちょうどそのタイミングで料理が届いた。
彼女のその言葉は、思っていたよりも淡泊だった。
「アキのことが忘れられなくて、旦那のことをちゃんと見られなかった」
彼女はそういって、おいしそう、とつぶやきながら目の前のパスタにフォークをさした。
僕はなんていっていいのかわからず、じいっとパスタを見るだけだった。
「どうしたの?食べないの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
どうして彼女はそんなに平然としているのだろうか。
僕が忘れられなくて旦那と別れた、なんて本当の話だろうか。
確かに十年前の別れは、納得のいくものではなかった。
けれど、僕は彼女が結婚した時点で、その気持ちとはもう決別したものだと思っていた。
なのに今更、そんなことを言われたって遅い、と思ってしまうのは止められなかった。
「私、アキのことを忘れるために結婚したの」
彼女は、やはり何でもないことを話すように(例えば今朝見た犬の話だったりとか)、パスタを食べながら平然とそんなことを言った。
「今更そんなこと言われたって……」
「じゃあどうして今日、私を誘ったの?」
「それは」
僕も、君のことを忘れられなかったからだ。
そう言いたかったけれど、なぜか言葉はうまく出てこなかった。
僕はこの十年で、素直に自分の気持ちを伝えることができなくなってしまったのかもしれない。
「食べないの?」
「た、食べるよ」
僕はそれから自分が頼んだパスタを食べたが、結局味はしなかった。
おいしいはずなのに、その味は舌を上滑りしていって、まともに感じられなかった。
僕らはしばらくの間、無言のままでパスタを食べた。
僕は食べながら、彼女に何をどう伝えればいいのかを考えていた。
食べ終わろうかというころ。僕はとうとう言葉を紡ぎだした。
「僕が君を誘った理由なんて一つだけだよ」
「一つだけ?」
「うん。一つだけ」
さっき僕は困らされたから、今度は僕が彼女を困らせる番だった。
「僕は、それが君と同じ理由なんじゃないかと思ってるんだけど、どうかな?」
「私が誘いを受けた理由と、あなたが誘った理由?」
「そう」
彼女は、
けれど、僕はそれに構わず言った。
「もし、君が気にしなければ、なんだけど」
「うん」
「もう一度、やり直さないか?」
彼女は、少しだけ