恋のはじまり

逆転婚活

 バーカウンターにはすでにシマダの姿はない。 

 私はチーフの指示でオーダーの入っているカクテルを手早く作る。

 岩瀬チーフには一応お礼を伝えたが「しょうがないから尻をぬぐってやった感」が全面にでていて腹が立ったので早々にホールへサーブしに行く。

「お待たせいたしました。ロングアイランドアイスティーです」

「あぁ、どうも」

 オーダーしたお客さんはサラリーマン風の男性だった。

 おそらく私より少し年上。男性で婚活イベに参加するには少し若めといったところ。

 問診票を書き込んでいた様子から真面目そうな人だなーと観察する。

「お客様、問診票がお済でしたらカウンセリングに入りますか?」

「お願いします。……なんだか病院みたいですね」

「皆さんそうおっしゃいますよ。なかなか珍しい仕組みでしょう?」

 私は断りをいれて隣の座席につく。

 お客さん……沢渡(さわたり)さんと言うらしい。

「わぁ……文字お綺麗ですね。きちんとご記入なさってくださってる」

「いやいや、そんなことないですよ」

「こういうの、面倒くさがってしまう男性が多いんですよ。自己分析に抵抗のない方は人の話を素直に聞ける方が多いので好感が持てます」

「そう言われると……なんか嬉しいですね」

 照れたように笑う沢渡さんはなんか子犬みたいで可愛かった。

 あぁ……これだよ。こういう普通の会話ができる人だけ来店してくれ。

 沢渡さんは服装といい髪型といい身綺麗だ。好感度が高い。

 こういう第一印象が良い人はイベントで有利なはずなんだけれど……。

 今日のイベントで集まった女性陣はみんな肉食タイプだったのか? と疑問に思いながら私は沢渡さんのカウンセリングを開始する。

 好みのタイプの女性から、相手に求める要素など、箇条書きの項目からイメージを膨らませ、逆に譲れないポイントを浮き彫りにして、将来どんな家庭を築きたいかなどを聞き出す。

「県を跨ぐ転勤はありますか? また、その際単身赴任など、ご家庭と距離が開いてしまうことも配慮できますか?」

「それはまぁ……できればついてきて欲しいところですね」

「なるほど。そうしますと相手が正社員で勤めている方の場合、早い段階で了承を得たほうが良いこともあるかもしれませんね。転勤の度に女性側のキャリアを諦めさせてしまうことになりますから」

 私は「さぁどうだ」という少し意地悪な気持ちで切り出す。

 この意見に、大半の男はむっとする。

 そして「仕事に理解がない女性とはちょっと」とか「そこは割り切ってもらわないと」と続けるパターンが非常に多い。

 一方で――不愉快な表情をつくることもなく、沢渡さんは「なるほど」とうなずいた。

「そうですね。転勤族である以上、定住先が決まるまではこちらの都合で振り回すことになるわけですし……早い段階で切り出すには重い話題な気もしますが、重要なことですね」

 私は思わず顔を問診票で隠す。

 にやけ面が止まらない。

 この人、カウンセリングいらないじゃん!

 超いい男なんだけど! とテンションが上がる。

 いや、お客さんなので私がときめいてもしかたないんだけど。

「……あの、沢渡さん、正直モテませんか?」

「え! な、なんでですか?」

「私には沢渡さんが結婚相手として不足している要素が見当たりません。結婚を意識する女性が最も必要としているタイプの男性と言っても過言ではないと思うんです。今日だって、女性からのアプローチはあったはずですよね? 好みのタイプではなかった、とか?」

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