恋のはじまり

逆転婚活

 少しの沈黙を置き、沢渡さんは覚悟を決めたようにカクテルをあおる。

「実は……僕、素人童貞なんです」

「はい? ……今、なんて……?」

 危なかった。 

 口に水分を含んでいたら百%吹いていた。

「……一般の女性とお付き合いして、そういう行為にいたったことがなくて……」

 思わず聞き返してしまった内容をしばし噛み締める。

 正直「大丈夫ですよ」と励ますのも「そうですか」と淡々と受け止めるのもなんか反応として間違えている気がする。

 というか私のほうが動揺してしまったのはなぜだ。

「参考までに理由をお聞きしても……?」

「……初めて付き合った女性に、その……行為を拒否されてしまいまして……」

「な、なるほど」

「その後、なかなか女性へのアプローチが上手くいかないままアラサーになってしまい、友人に誘われてそういうお店を使ってみたんです。すると女性の方から……その……結果的に食われたというか……」

「肉食女子だったんですね」

「……はい。それで、その、あからさまな好意を示してくる女性が少し怖くなってしまいまして。いや、すごい贅沢なことを言っている自覚はあるんですけれど……」

 なるほど。バックボーンが見えてきた気がする。

「うーん。そうなると問題は女性への恐怖心や猜疑心さいぎしんを払拭できるか、ということですかね」

「……めんどくさい奴ですよね」

 沢渡さんは申し訳ないというように肩をすぼめる。

「いえ、そもそも女性とどうやったら普通に会話できますか、というカウンセリングも決して珍しくはないんですよ。元カノに浮気されたことがきっかけで基本的に女は信用できないとおっしゃる人もいらっしゃいましたし」

 なんだったら「結婚はする気ないけど彼女つくるにはどうしたらいいですか?」ぐらいのノリの男は少なくない。 

 婚活バーだっつってんだろ、とビンタの一つも食らわせたくなる。

「あの……梨花さんは彼氏はいるんですか?」

「いませんよ。夜の仕事だと、どうしても長続きしなくて」

「この後、プライベートでの見直しませんかとか、お誘いしても良いですか?」

 一間、フリーズした。

 この職業についてから、誘われることは少なくない。

 だが、口にしたのはいつもの断り文句ではなかった。

「いいですよ。一時間後、待ち合わせましょう」

 にっこり微笑めば、ちいさく「やった」とこぼす沢渡さん。

 うん、めちゃくちゃ可愛いぞこの人。

 その時私は、よくも悪くも可愛がられちゃうタイプだよなぁ――と、思っていた。

 それが二時間後に裏切られることも知らないで。

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