恋のはじまり

憧れの上司と…

ふと、指先が触れ合った。

廊下に散らばった書類を拾い上げようとした瞬間のことだった。

胸が痛みを覚えるほど、高鳴った。

なんと言っても目の前の人は、新人時代から憧れていた人だったからだ。

「大丈夫?」

「あっ、はい……大丈夫です、ありがとうございます」

私がそう言葉を返すと、加藤悠一かとうゆういちはにこりと笑った。

その笑顔ひとつが、なんと頼もしい事だろう。

書類を全てまとめると、私は何度も会釈をしながら、自分のデスクへと戻った。

「おいおい、天野さん!資料のコピーできたのか?」

「あっ、はい、今とってきた所です」

投げかけられた言葉に慌てて、資料を上司に手渡す。

上司は不満を顔に滲ませた。

「はぁ……。せめて用紙の向きくらい揃えろ」

「すみません!ちょっと、転んでしまって……」

コピーもろくにとれないなんて、という小言が続き、私はうつむきながら謝罪する他になかった。

どうしてこうもうまくいかないんだろう。

天野咲あまのさき

就職のために上京してきて、2年になる。

こちらでは親しい友人もおらず、彼氏とは別れたばかり。

同期とも差をつけられ、落ち込んでいたこの頃――だが、今日は少しだけ良い事があった。

(加藤さんと、会話できた)

思い出すだけで、少し元気になれる気がした。

「よしっ、今日は一人で飲むぞ!」

元気が出た勢いを潰してしまわないように、自分を鼓舞する。

なんとなく通りがかった居酒屋に入り、ちびちびと飲むことにした。

(なんかこうしてると、すっごく寂しい人に見えちゃうかもな、私……)

酔いもまわってきたところで、梅酒を追加注文した。

どうせ明日は休みだ。

気兼ねなく飲んでしまおう。

そう思って、提供された梅酒に口をつけたその時――

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