あと少しで業務が終わる、というときだった。
「鮎原先輩、もう乾杯終わってんスけど?」
不機嫌そのものの声が狭い部屋に響く。
びくっと背筋が凍る。
やばい、優先順位の低い仕事をわざとトロトロしていたのがばれてしまう――顔をあげると、そこにいたのは
「あ、あぁそうなんだ?今行こうとしていたところ」
多分、私はひきつった表情を隠せていない。
「下手な嘘つくの、やめたほうがいいと思いますよ」
私はこの大島君が非常に苦手だ。
すらっと長身で線が細いイケメンときたら女子社員が色めかないわけがなく、仕事もそつなくこなせるので男性陣からの評判も悪くない。
その一方で
「飲み会に行きたくないからってわざと時間稼ぎとかやることガキすぎません?バレてますよー?鮎原先輩の浅はかすぎる魂胆」
めちゃくちゃ口が悪いのだ。
いや、百歩譲ってそういう性格ならば飲める。
あぁこんなイケメンにも欠点があるのね。
神様ってやっぱり平等なんだわ、と少しぐらい
違うのだ。
大島君の毒牙は一心に私へ向かう。
他の女性社員との扱いが、天と地ほどに明白で、私の前では腹立たしいほどふてぶてしい。
「行きたくないのはわかりますけど、だったらドタキャンとか遅刻じゃなくて、当日までにはっきり断ってくれません?迷惑かかるんで。ひねくれていたら相手に伝わると思っているなら、今すぐやめたほうがいいですね。回りくどくてめんどくさすぎ」
「……で、大島君は何でここにいるの。忘れ物?」
居たたまれなくて話を振った、つもりだった。
彼の纏う空気が変わった。
なんというか、どす黒く、怒っているような……。
「……先輩がいつまでたっても来ないから様子を見に来いって、部長に言われたんで」
つっけんどんな言い草。
ありありと「めんどくせぇ」という感情が伺える。
嫌々来ている、というのを隠しもしない素直さが羨ましくもあり、そんなに嫌われる程のことを私がいつしたのだろうとさすがにへこむ。
「……わざわざお迎えありがとう。でも、体調不良で欠席ってことにしてくれないかな」
いろんな感情がぐるぐると体の中でかき混ぜられる。
私は、確かに、普通の女の子みたいに可愛くはないけれど。
不感症だの、めんどくさいだの、指をさされて馬鹿にされなければならないほど、悪いことをしたのだろうか。
従順ではないことが、男の人は、そんなにも許せないものなのか。
「逃げるんですか?営業の寺尾サン……鮎原先輩の元彼、『俺のせいでカエデの元気がないのかも』ってネタにしてますよ」
「……え?」
「心配をするふりをして、『別れた女にも優しい俺』に酔っているんでしょうねぇ。女の悩みを聞ける俺マジ優しいでしょ?ってツラに書いてありますもん。いいんですか?好き勝手させたままで」
こみ上げたのは吐き気だった。
つづいて、ぐらぐらと視界が揺らぎ、寒くなる。
――どの口で、何を考えて、それが言えたの……。
彼に触れられた肌の表面に、うぞうぞと虫が這いまわったような気がした。
私は、何度、なんで、彼の言葉に傷つけられなきゃならないの……。