手段を選ぶ余裕はない

安さが売りの居酒屋は、大抵猥雑（わいざつ）な話題が飛び交い、どこかで歓声や拍手が起こるから、

「声を顰（ひそ）めて会話する」なんて所作は似つかわしくない。

　ましてや、相手が母体にデリカシーを置き去りにして産まれたこの男なら尚更だ。

「え、お前の婚約破棄ってそれが理由なの？！　ウケる」

「ウケねーよ。てかウケるなよ。人の傷口に塩塗り込むなバカ」
………

………

………
　私、折本凪（おりもとなぎ）が婚約者にフラれた理由。

それはズバリ夜の相性だった。

　彼とのセックスは、正直良いと感じるポイントがひとつもなく……

乳首や陰核といった突起をちょんちょんと突けば、とめどなく濡れるのが女の身体だとでも思っているらしい。

　あまりのお粗末さに、私はひそかに「チャッカマンセックス」と呼んでいた。

　とはいえ、私自身、結婚における条件にセックスの相性はあまり重要視していなかった。

良いも悪いもそれとなく伝えようとしたところで、彼が圧倒的に受け身のセックスからスタンスを変えようとしないあたり、「面倒だからもういいや」と諦めた。

　けれど「まぁ自分で慰めればいっか」と不満しかないセックスを頭の隅に追いやったのは、今となっては悪手だったらしい。
………

………
『不感症を治す気もない君はだらしがない。君との結婚は取りやめようと思う』

　プロポーズから1ヶ月経った頃だろうか。突然きっぱりと告げられた。

　ちなみに曲がりなりにも２年近く交際をした後の話だ。

　正直なところ、「何故、今」という感想が最初に出た。

ことの真相はなんてことない。私とのセックスに不満を覚えた彼は風俗に通い、そこで優しい嬢に「あなたは上手よ」と甘やかされた結果、ガチ恋に至っちゃったのだ。

　つまり、浮気である。

　ここまで来ると悲しさや怒りより、呆れてしまう。

　ていうか、飲みかけのペットボトルを部屋中の至る所に放置しては、飲み終わった後のラベルも剥がさないような奴に「だらしがない」と言われたことの方が頭に来た。

　何はともあれ。

　人に話すには憚るような内容だが、話すことで供養になるかと思ったのだが……

言うんじゃなかった、と海より深いため息を一つ。

反面、嬉しそうにニヤニヤするそいつは「だってさぁ」と話題を切り上げさせてくれない。

「同じような理由だよ、俺と」

「は？　あんた、不感症なの？　インポ？」

「いくらうるせぇ飲み屋でも、もうちょい言葉を選ぼうか」

「ふーん。遊びすぎて病気感染った？」

「違ぇよ。つか、お前の中の俺のイメージ悪すぎてウケる」

「日頃の行いってやつだよ」

「真面目にリーマンしているっつーの。……巨根で遅漏で絶倫なんだよね、俺」

　一瞬目を丸くした私は咄嗟（とっさ）に

「嘘くさ」と言ってしまった。

　大きいのも回数をこなせるのも、男の世界じゃ自慢かもしれないが、それに付き合うのがどれだけ労力が必要なことか……。

　私はこの男――飯野琢磨（いいのたくま）の元婚約に同情した。

いや、顔も知らないし、あなたがした「浮気」についてはマジで軽蔑しているけどね？

　琢磨は私がどれだけ口悪く煽っても、大半のことは許してくれる。

その寛容さと語彙力は正直羨ましい。

友達として、この男がどれだけ良いやつなのかはよくわかっている。

まぁ、先の発言といい、彼氏にしたいタイプではないが。