恋のはじまり

手段を選ぶ余裕はない

 琢磨はじっと黙りこくった私にニヤリとする。

「折本さぁ、お前が今考えていること、当てていい?」

「当てなくていい」

「絶倫とか自慢してるけど、どうせこいつもヘッタクソなんだろうなってバカにしてるっしょ」

「すごぉーい、だいせいかーい」

 あーぁ、当てなくていいって言ったのに。

 こんなドぎつい下ネタ、隣の若い女の子達の耳に入ったら視線が……あぁもう痛いわ。

めっちゃ見られてるもん。

「いや舐めんなし。お前のことも腰砕けにできっから」

「元婚約者に『不感症』『氷のよう』『プライドが高いから身体が素直じゃないんだ』『AVでも見て勉強してくれ』って言われた女舐めんなよ」

「相当なクズじゃん。別れて大正解」

「ホスト狂いで借金作って、パパ活したあげくマジ浮気に走った女と婚約解消した琢磨も大正解だよ」

「だよなぁ。ギリセーフだったんだよな、俺ら。乾杯でもしとこうぜ」

「はい乾杯。次何にする?」

「折本がいい」

「やっすい居酒屋のメニューに掲載されるほどやっすい女じゃねーよ」

「じゃあお前はどうすんの」

「ハイボールかな」

「俺なんてどう? オススメだけど」

「……この流れって『私も琢磨がいいな! 慰めて?』って言った方がいい流れ?」

「言ってくれたらめちゃくちゃ可愛いなって思うけど、そう言う可愛いキャラじゃなくね?」

「帰り道ドブにハマれよ、この野郎」
………

………

………
 私達の会話は弾丸のように交わされて、砂のように崩れやすい。

あぁ昨日の飲み会楽しかったなぁ、なんて翌日ベットから立ち上がれば、その内容の仔細しさいは忘れている。

 緩く、温い、関係性が形容し難い距離感が、実はとても重要で。

 だから、自分から婚約破棄の理由なんてデリケートな話題を降ったくせに、琢磨からセックスに誘われたことが心に波紋を呼んだ。

 

 

 だから、この行為に意味なんてない。はずなんだ。

 居酒屋のメニューよろしく、「一発どうよ?」的に誘われた琢磨と、結局ラブホに傾れ込んでしまった時は「次会うときにどんな顔したらいいだろう」と真っ先に考えた。

 そう。私が気に揉んだのは、約束もない『次』のこと。

 男女のもろすぎる友情に、セックスが介入したら上手くいかなくなることなんて目に見えているのに。

 それでも私が琢磨の誘いに乗ったのは、

「元婚約者がヘタクソだっただけで、自分はちゃんとセックスで気持ちよくなれる」

と確認したかったのだ。

 ――結局、杞憂きゆうだったようだけれど。

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