「単刀直入に言うと、興味があった。君、僕のことが嫌いだろう?」
「…どうしてそう思われたんですか?」
嫌いなわけがない、むしろ好意を抱いている位なのに。
それを全く表に出さずひどい態度をとっていたのは他ならぬ私自身だというのに、私はまるで自分が酷い事を言われた被害者のような気持ちになった。
「君は他の社員には割合愛想が良いのに、僕には愛想のかけらも見せてくれないからね」
「気のせいです」
「そうかなぁ…」
生ビールもすっかり飲み干し、食事に合わせて日本酒やら焼酎やら、すぐに何をどれくらい飲んだかわからなくなった。テンションが上がって、いつもよりペースが早かったのかもしれない。
「ね。私の事・・どう思ってます?」
「どう…ねぇ、可愛いなと思ってるよ」
最初は冷たいなーと思ってたんだけどね、と彼は笑った。
「そうでしょ、いつも冷たくしてたでしょ。私の事好きになる訳無いよね」
私は最早、酒に飲まれて絡み酒、、完全に管を巻いた酔っぱらいになっていた。
「ははっ、まあねっ。嫌われてるとは思ってた。」
「でしょ!」
「でも良い子だなと思ってたよ。仕事はできるし可愛いし、ね」
「でしょー!なんれ私より出来ない人が正社員にらってんろ」
「はいはい、そうだね。はいお水」
彼はろれつの回っていない私に水を飲ませると、タクシーで送るからそろそろ帰ろうと手を引いて立たせてくれました。
「うふふ、送り狼?」
「はは、大丈夫だよ。わざわざ会社の子に手を出さなくてもその内良い人見つけるさ」
「そんらころ言っれいいの~?奥さんに怒られろーあはははは」
「今はシングルだよ、寂しいバツイチさ」
「ふーん…」
そうこうしている内に店に人に呼んでもらったタクシーが着いた。
週末の夜ということもあって呼んでから来るまでかなり時間がかかっていた。
タクシー独特の、主張の強すぎる不自然なほど真っ白なカバーのかけられた後部座席のシートに二人、体を折りたたむようにして乗り込む。
彼の整髪料や汗やお酒…男を感じさせる匂いを間近に感じて突然妙な性欲というか、一肌欲のようなものが沸き起こってきた。
「…帰りたくないなぁ」
「……休める所にでも行こうか」
ウブな10代ならいざ知らず、わたしはもうその言葉が何を意味するのか、そんな事くらい簡単に分かる年齢だ。ただ黙って頷いた。
タクシーは私のアパートではなく繁華街の奥、ラブホテルの立ち並ぶ一角へと滑りこむように静かに走っていった。
ホテルなんてどれくらいぶりだろう、前の彼氏とは付き合い始めこそお洒落なホテルに足を運んでいたものの、数ヶ月も経つと互いの部屋で済ませるようになっていた。
不慣れさからくる緊張も大きかったが、殆ど知らない相手、それも会社の人と居るという事にこれ以上ないほど心臓が早鐘を打った。
足がすくんで入り口で立ち尽くしたまま動かない私と違い、彼はスタスタと部屋の中へ進むと上着をかけ、冷蔵庫から水を2本取り出す。
「そう緊張しないで、大丈夫だよ、やっぱり嫌だって言うなら何もしないから」
嘘だ、と思った。ホテルに、自分から誘った若い女と二人きり、何もないわけがない。
「もう終電も無いし、週末のこの時間だ、タクシー呼ぶにしても結構時間かかるよ?…せっかくだからカラオケしたり、あ、テレビでも見る?」
「私…やっぱり恐くなっちゃって」
「大丈夫」
不安げな表情をしないよう気丈に振る舞うつもりだったのに声が震える。
後になって思うと私のあまりの弱々しさと怯えっぷりに、彼は彼なりに落ち着かせようとしたのだと思う。
彼の腕が私の体を包み込んだ。顔の前には白いシャツ。
少しおじさん、それでいて甘い香りを胸いっぱいに吸い込むと自然と落ち着いてきた。
無意識に自分から手を回して彼をぎゅっと抱きしめていた。
「純子ちゃん、キスしていい?」
「何もしないって言ったばかりじゃないですか」
口ではそう言いながら私は顔を上げて目を閉じた。
素直になれない私の言葉なんて無視して強引にキスして。
彼の腰に回した手に自然と力がこもった。
それを感じたのか彼の顔が近づいてくる。
唇にふわ、と柔らかく触れると彼はすぐに離れてしまった。
物足りない…目を開けた私は物欲しげな顔をしてたかもしれない。
彼は「続きはベッドでしようか」と小さく笑った。
いかにも清潔そうな真っ白いシーツで覆われた大きなベッドに手をつないだまま二人腰を下ろす。
「純子ちゃんって素直じゃないけど実は結構甘えんぼでしょ」
彼は優しく微笑んでその大きな手の平で包むように私の頭を撫でてくる。
「…あまえんぼって、別に、私…」
「いっぱい甘えていいんだよ。むしろ僕で良ければ甘えて欲しい」