「大変お辛かったですね……。今日はもうご帰宅なさってゆっくり休んでください」
駅員さんと警察の人はずっと私に優しくしてくれたけど、スカートの中の状態まで説明した私の心はボロボロで、もう自分が何を言っているのか途中からわからないくらいだった。
「もしよければ家まで送ります。立てますか?」
警察の人の提案を素直に受けることにする。
酔ったようにふらふらと落ち着かない足取りで、なんとか立ち上がろうとした――その時だ。
「俺が家まで送ります。……大丈夫。掴まって」
そっと、あの優しい香りに包まれる。
いつの間にか彼が隣にいた。
「あの、お二人は……?」
戸惑う警察官に「友人です」ときっぱり告げる。
「責任を持ってカナさんを送り届けるので。では」
何か言おうとしたけれど、うまく言葉がまとまらなくて、何より、今彼の手を放してしまったら二度と会話ができなくなってしまう気がして、私は無言で彼の手を握り返した。
改札を出ると、駅の外はだいぶ閑散としていた。
外の空気を吸ったことで、少し頭がすっきりする。
「あの……今日は、というか、この間も、ありがとうございました」
ずっと言いたかったお礼を口にした時。
彼は少し目を見開き、ばつが悪そうな表情をつくる。
「……すみません」
「え?」
「いや、その、あなたのことを本当に思うなら、警察にあなたを任せた方がよかったよな、って……。タクシー、捕まえますね」
離れようとした彼の腕を私は慌てて掴んだ。
「あの!私のこと、送ってくれるって、どうして言いだしてくれたんですか?」
「……今話すと、ドン引きされそうで言いたくないんスけど……その……」
少し迷ったような仕草の後、ため息をつく。
「この間、あなたと車内でぶつかったじゃないですか」
「あ、はい」
ぶつかった、というか、私が抱き着いた、が正解な気もするけれど。
「あの時から、えーと……その、めっちゃ言い辛いんスけど、その、いい匂いだなって……あなたのこと、だいぶ意識して……ました、はい」
「……はい?」
「だから、その!お近づきになれたら、とは思ってたんスけれど、あのすし詰め状態の電車の中じゃ話かけようにもどうにもできねぇし、どうするか悩んでたんですけど、今日初めて帰りの電車であなたを見つけて、……なんかこう、つまり、こんなことがなくても今日話しかけるつもりだったんだよ、俺は」
手で顔を隠していたけれど、彼の耳は真っ赤だった。
(……えぇっと…)
しっちゃかめっちゃかな彼の発言を紐解き、整理する。
……早いが話、彼も私のことを気にしてくれていた、ということ。
しかも、匂いって言った?
「う、嘘ぉ……」
つられて赤面し、思わず頬を抑えた。
やばい、なんか急に、意識するとめちゃくちゃ恥ずかしい……!
「嘘じゃない……ってか、そっちはだいぶずるいよな。……今朝も俺の後ろでなんかしていましたよね」
「え!」
「気付いていないとでも思ってた?」
にやり、と彼は意地悪く笑う。
そして
「当ててやろうか?――匂い嗅いでたんでしょ?」
耳元でそっと囁かれたとき、私の血液が沸騰する。
同時に青くもなった。
せっかく知り合えたのに、こんな女気持ち悪すぎるよね、と……。
沈黙を回答としたようで、彼は少し屈んだ体制のまま私のことを抱きしめた。
(あ……)
彼の太い首筋が目の前にあり……何度も妄想したその光景が現実となる。
――この匂い、だめ、本当に……!
やましいことで頭がいっぱいになってしまい、恥ずかしいところが潤んでしまう。
だめなのに、人目もある場所なのに。
直接鼻を付けたくなってすり寄ると、ぱっと彼は離れてしまった。
「はっ……すっげぇエロい顔……。俺の匂い、そんなに好きなの?」
「ごめんなさい……気持ち悪いよね……」
「最初は驚いたけれど、別に嫌じゃないよ。こっちも最初に触ったときからカナさんのこと直接触れたくてしょうがなかったし」
まぁ俺は我慢したけれどね、と続けられると居たたまれない。
「俺の名前、言い忘れたけど、タケルって言います。さっき聴取のとき聞こえたけど、カナさんと同い年……だから、敬語もいいよな?」
「あ、うん。……カナでいいよ」
「了解。ところでカナ、俺の家に来ない?――一度来たら、無事に返してあげられないけれど」
意地悪い笑みに、もっと翻弄されたくて、でも即答するのも恥ずかしい。
「可愛すぎ……やっぱ今すぐ食っていい?」
額に触れた唇は優しいのに、その目は肉食獣の瞳そのものだった。