そう、ミステリ作家とか、恋愛作家とか。
そういうのが、私には何もないのだ。
「わかってますよぉ、鈴原さん。
一本の長編に専念しながら、こまごました仕事を減らして、
その分バイトでもしたほうが生活も金銭面も楽になるって。でもねぇ……」
そう、私は知ってしまった。
自分が決して、長編に向いている作家ではないということを。
鈴原さんがどんなに尽力してくれたとしても、
「次回作を今この瞬間から頑張るために他の仕事全部蹴りますね」
なんて口が裂けても言えない。
極力
より一層眉間の
「……チャンスなんだ。契約する予定だった作家がドタキャンした。
紙として発行できない電子雑誌だが、一度連載をもぎ取れば次の仕事につながりやすい。
何より、二〇代から三〇代前後の女性をターゲットというところがお前には合うはずだ」
「あはは……鈴原さんが担当してくれた作品はヤングアダルトと文芸の中間層くらいを狙いましたもんね。
でも、あの作品一応青春ドラマだったじゃないですか。
急にジャンルを恋愛に絞られても……というか、考えてみたら私、
恋愛と時代物だけは書いたことないんですよ」
「プロの作家が『経験してないことは書けない』なんて素人臭いことは言うな。
それを言い出したらミステリ作家なんてみんな殺人鬼だろうが」
「わぁお! 正論! いや、でも殺人シーンは絶対誰も経験したことがないから逆に『
実際はそんなんじゃない』なんて感想送りようがないでしょ?
それが恋愛となると、みんなそれなりに自分の経験を美化しているからうるさく横やり入れやすいんですって!」
「……それはまぁ、そうだな」
「ほらぁ! ね? 経験値ゼロには難しい分野でしょ?
いや、書きますよ? プロットはひりだしますけど!」
「ゼロなのか」
「過剰な期待は禁物っていうか……え?」
「誰とも恋愛したことないのか」
突然遮られた言葉に戸惑う。
「え、そこ、そんなに反応します?
こちとら中高大と男子禁制の花園で育てられたサラブレットですよ」
「確かに、それは一種致命的かもな……」
――私は。そこで、口を閉じるべきだった。
しかし、
「一言の多さで自滅する」
と評されたことがある女……滑らかに滑る言葉は止まらない。
「官能小説とかはまだましなんですよ。恋愛しなくても経験のしようはあったから」
「は?」
急激に部屋の温度が下がり、鈴原さんがガチトーンで目を
それはもう、不機嫌に。
あ、やば。
と、危機感が走っても、どこに地雷があったのかわからず、私もついフリーズ。
………
………
「今のはどういうことだ」
鈴原さんが私の腕をきつく掴んだことで、冗談めかしでも言うべきではなかったかと察した。
「あー……実は取材もかねて友人に協力をして貰いまして……
その、濡れ場の研究といいますか……」
鈴原さんの血気迫る眼に、私の口調はついしどろもどろになる。
別に悪いことしたわけではないし!
と開き直ろうにも内容が内容なだけあって言葉にし辛い。
「何をしたんだ。具体的に言え」
「ちょ、ちょっと! 何怒っているんですか!」
なんか雲行きが怪しいぞ、と思った時にはもう遅い。
鈴原さんは私がに出ないように顔の前で両手をつき、ソファに縫い付けるような体制になる。
「怒ってない。ただ、お前の女としての警戒心のなさに
(いや、あんた完全に怒っている顔してますけど?)
こんな近くで目を合わせたことなんてない。