マニアック

逃がさない、逃げられない、捕まえた

人生で犯した一番アブノーマルな行為は何か。

 未成年での飲酒とかタバコを学校の校舎裏でこっそり、なんて回答はきっと可愛いもの。

多少他人に迷惑をかけるようなイタズラとか、法律や校則の違反程度なら誰でもあるはず。

 くいう私は……別に

「こんなことしちゃったことあるの! すごいでしょ?」

なんて頭がお花畑でマウントを取るつもりはないが、結構やばいことをやらかしていた時期がある。

 後悔は……していなかった。

 火遊びが過ぎた青春の一ページは私の心の中できちんとフタをされていたのだ。
………

………
 ――今日、この瞬間を迎えるまでは。

 パソコンにかじり付いているような姿勢から、くっと背筋を正す。

色めく女子社員達に囲まれる男と先輩男性社員に可愛がられる男。

 誰にも迷惑はかけていなかったはずなのに、帰ってきた黒歴史達。

 彼らの視界からじゃ豆粒程度にしか捉えられないであろう私を二人はしっかり見ていたのだ。

ばちりと絡み合う視線に、私は心の中で白旗を上げた。

(元カレと職場で再会ってのはよくある漫画の展開だけれどさぁ……)

 女性社員から熱烈な視線を送られる彼、一宮健斗いちのみやけんとと、老若男女にウケる人懐っこくて柔和な彼、拝島優はいじまゆう

 昔、くんずほぐれず、3Pをしまくった男達と職場で再会ってのは、気まずさのあまり窓から飛び降りたくなる展開であった。

………

………

………

花音かのん! 久しぶりだね! ずっと会いたかったよ!」

 私、海野花音うみのかのんは心の中で

「ああああああ」

と意味のない母音を叫びながら遂に捕まってしまったと頭を抱えた。 

 昼休みを隠れて過ごし、就業時間と同時にデスクを離れ息をひそめて十分。

せめて心の整理のために今日一日だけでも逃げたかったのに……。

人目を忍び、誰もいない給湯室でずるずると脱力する私に純度100%の笑顔で接してきた拝島君。

……うん。

君は過去、肉体接触があった女性に対しても気まずさとか気にしないタイプだよね、明らかに。

 私の知りうる限り、拝島優ほど「犬っぽい」人はいないと思う。

とにかく悪意とは正反対の人物で人懐っこく愛想がいい。

性格も顔も可愛いので老若男女に愛されキャラだ。

特に後輩力の高さに男性陣が骨抜きにされやすい。
………

………

「花音は今も昔も可愛いけれど、OLさんの花音を見てびっくりしちゃった! キレイになったねぇ」

「あ、ありがとう……? えっと、でもね?」

 意識しているこちらがばかばかしくなるが、私はしどろもどろに視線を泳がす。

「は、拝島君……あのね、ここ会社だから……」

「うん? なになに?」

「ファーストネームで呼ぶのは控えて、ということですよ、拝島。そうですよね? 海野さん」

「あ……ハイソウデスネ……」

 て、いうか君はいつ給湯室に入ってきたんだね一宮君……。

 相変わらずため息をつきたくなるほど端正な顔立ちの一宮健斗君。

文武両道ぶんぶりょうどう眉目秀麗びもくしゅうれいという言葉をありのまま体現した男性といっていい。

見知った高校時代の彼よりも随分男らしい体躯たいくとなっていて、こりゃ女子社員が色めくわけだよと納得しかなかった。

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