ひとりエッチ

忘れられない思い出

私の耳の内からお湯が沸いた時のヤカンの音が響いた。

「これ、わからなくて、」

か細い声だった。

私はスマホの画面を彼の方に向けた。

彼はそれを覗いて、何か指先で指示した。

それに従うと間もなくQRコードを読み取る画面になって、それで読み取ると、彼のLINEが追加された。

夜空に燦然たる花火のアイコンであった。

LINEを交換すると彼は友達が賑やかに話してる所に走って行き、その中に入ると何か話した。

すると彼以外のみんなが冷たい目でいぶかしげにこちらを見た。

私は何だか居心地が悪くなり、顔を赤らめると何気ない風に急いで教科書やノートを鞄に押し込みそそくさと教室を出た。

家に帰ると手を洗ってから自分の部屋に入って、整理整頓された勉強机に向かって椅子に座った。

あれから40分程経っても未だに心が昂っていた。

私は何時もの小さい溜息をしてから明日が期限の機械実習レポートをはじめた。

しかし全く進まなかった。

彼の白く美しい顔が頭から離れなかった。

ほんとに何だったんだろう?

やっぱり私の事からかってたのかなぁ?

どれだけ彼の事を払いのけようとしても彼はこちらを物言いたげな表情で見ていて、レポートをまとめようとしても全く駄目だった。

私は思わずシャープペンを力一杯、机の奥の方に放り投げると椅子から降りて床に大の字に寝転がった。

私はこの時、久し振りに恋の煩悶はんもんを経験していた。

玄関の鍵が開く音がした。

母だ。

暫くして1つ年下の弟が帰って来た。

時間が無為に過ぎて行く。

勉強机の上に広げられたレポート用のノートは石のようにその場でじっと待っていた。

時間が経って、気付くと既に部屋の中は真っ暗であった。

私は起き上がってカーテンを閉めて、電気を着けた。

そして無気力な体を勉強机に対坐させた。

ノートは冷たかった。

私はその上に勢い良く突っ伏した。

彼は何故わざわざ私を映画に誘ったのであろうか?

そこに私に対する好意は少しでもあったのであろうか?

ん?

そもそも彼には彼女という私のライバルがいるのではなかろうか?

ライバル?

ライバルって?

彼女は私のライバルなのだろうか?

だって彼女は現在進行で彼と両想いでラブラブに付き合っているのだから、それはおかしい。

彼女が勝者なら私は敗者。

というか私と彼女は一度でも意識して争ったかしら?

つまりは私は彼に恋してから既に敗者なのであって、下手すればそれは永遠に続く。

もう既にゲームは終わった。

私は何度も何度も自問自答して、必死に彼が私に惚れるポイントを探した。

肌が綺麗な所はどうかしら?

私は左腕の肌を指先で軽く擦った後、前腕の肘の内側、最も肉のある部分を掌でギュッと包んだ。

それは柔らかくて滑らかな肌だった。

私は思わず自分の腕に見惚れてしまった。

今までも自分の肌が人並み以上に綺麗である事は何となく自覚していたけれども、いざじっくり見てみると、自分のものではないような気がした。

それは単純で美しい一つの芸術品であった。

私は思わず自分の左腕の前腕に口付けした。

唇で優しく挟むと、舌で軽く舐めた。

クチャックチャッと音を立てながら舌先を肌の上に滑らせた。

時折どうかすると自分の舌先の肌に触れる感触が、他人の舌先からの愛撫に思われた。

私は処女であったからこの感覚が本当に他人から受けるものかはよくわからなかったけれど、私は何度も池内の舌先を想像して腕を舐めた。

しかし私の想像は全く上手く行かなかった。

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