恋のはじまり

幼馴染との攻防戦

 すれ違いざまに誰かが振り向く気配がして、ふとそちらに視線を上げると、頭一つ分以上大きな男性が目を丸くしていた。

「あ、やっぱり、冬華ねぇちゃんだよね?」

「え、と……? もしかしてたけるくん?」

 

 熊のようにずんぐりとした彼は、強面にも見えるそれを破顔して

「うそぉ、マジかぁ」

と目を輝かせた。

「えー! 会うのいつぶりだっけ? 5年? 6年? 最近実家帰ってる? 上京先で会えるなんて思ってなかったよー!」

 興奮気味の健くんは大男なのに雰囲気は柔らかくて口調は女子高生みたいだ。

 

 弟の同級生である彼はいわゆる幼馴染。

素直で可愛くて、おそらく反抗期なんてなかった。

一時、マジで弟と交換して欲しかったくらいだ。

 いかついのに優しい熊みたいな可愛い近所の男の子ーーそんな健くんも今年で26歳のはず。

 

「久しぶり……なんか、健くん変わってなくて安心しちゃった」

「えぇー? 褒めてる? あ……冬華ねぇ、今どっか行くとこ?」

「予定がなくなったところだけど?」

 じとっとにらめば、健くんは困ったように笑う。

八つ当たりにも付き合ってくれるお人好しぶりも健在とは。

 

「じゃあさ! ご飯行こうよ! 俺今仕事終わって帰るところだったんだ」

 にこにこと邪気のない笑顔に私の心が洗われる。

まるで、従順な犬にお出迎えされたような気分にも似ていて……流石にそれは失礼かとちょっと反省した。

「いいよ、行こう。私、今日は飲みたい気分なんだけど……健くん飲める?」

「飲めるよー、結構強い方! この辺だと……あ、あそこの居酒屋とかおすすめ!」

 健くんに手を引かれると、あぁ神様って意地悪なだけじゃないのかも、と。

 恨まずに済んだ自分がいた。

………

………

………

「ほんっとサイテー! なんで私って浮気する男ばっかり引いちゃうのかなぁ! てかあいつらって浮気しないといられないの? 死ぬの?」

 私はことのあらまし……今日彼氏と思っていた人からドタキャンされたことや、浮気されまくってきた遍歴へんれきを暴露する。

 年下の幼馴染に管巻くだまいて愚痴る自分はみっともなかっただろう。

でも、今日だけはそれを許して欲しい。

 飲まなきゃやってられない私に付き合ってくれる健君はかなりお酒に強いようだ。

 真剣に頷いてくれる一方で、

「みんながみんなそうとは思わないでほしいけどなぁ」

とやんわり正論。

「あーん、もう、健君はいい子に育ったねぇ」

「えぇーいい子って……俺もういい大人だよ?」

「だってこんな愚痴に付き合ってくれる男の人なんて初めてだもん。健君に会えなかったら私どうなってたことか……」

「どうなってたの?」

「ホストクラブで暴れてたかな」

 

 ごぼっと健君が思い切りむせた。

「ちょっ……! 大丈夫?」

 あまりに派手にむせているので背中をさすると、酸欠なのか顔が赤く……あれ? みみまで赤い?

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